無言ゲーム
4話目です。
よく行く店を想像してください。
1ヶ月ぶりに髪をきる。
髪を切るために美容室に行くのだが、
そこには1つだけ私のルールがある。
決して話さないことだ。
受付はもちろん、美容師ともである。
この前の店では、30くらいの男性が小さい頃の趣味や流行りについてあれこれ話しかけてきた。
あれって懐かしいですよね。
今、また流行ってるそうですよー。
話の内容自体は正直つまらないわけではない。
あちらもプロだ。
同年代だし共通点も多い。
しかし私は話さない。
手や頷きで答える。
元よりあまり話しかけるタイプの美容師は担当にならない。
私のような、もの難しそうに見える人には、腕があり、会話も突っ込みすぎないタイプを当てるなどお決まりがあるのかもしれない。
だけど違うのだ。
少ない多いの問題ではない。
おもしろいかどうかも関係ない。
私は決して話さない。
それが私のルールであるから。
そんな思いを持ちつつ、新しく今日初めて向かうのは落ち着いた雰囲気のメンズ美容室「ロッソ」だ。
内装もモノトーンで落ち着いており、静かである。
これは当たりかもしれないとわずかな期待を胸に入店した。
いらっしゃいませー
手を上げて答える。
ご予約の佐藤様ですか?
ネット予約した画面をわたしは見せる。
死角はない。
いつも通りのルーティーンで対応し、案内された席に座る。
しばらくすると、美容師が来た。
男の私についたのは意外にも女性だった。
20代後半もしくはもう少し下かもしれない。
正直苦手なタイプだ。
興味も合わないし、とにかく話しかけてきそうなイメージが容易にできる。
ハズレかなと思いながら、
髪の長さを聞かれたので、すかさずにスマホの画面を見せる。
ヘアカタログがウェブにあるのだから便利な時代だ。
少し前は切り抜きをもって行くのが面倒だったな、などと思い出にふけっていると、何やら話しかけられた。
この髪型、お客様に似合わないと思いますよ。
これまでにない反応である。
なんだ、似合わないとは。
君の感想は聞いてない。
そう思いながら、もう一度写真を見せ直す。
この髪型が良いとのことですね。わかりました。
案外、物分かりは良い。
一言目とは別人が話しているのではと思うくらいだ。
まあいいだろう。想定外のことも起きたが、話さないで乗り越えることができた。
そう安心した瞬間、
髪染めてみませんか。
何を言っているのだ、こいつは。
社会人の私に、茶髪にでもしろと言うのか。
ましてや、おっさん手前の30代のやつに。
手を振っていらない事を伝えると、
白髪が出始めています。
黒色で染めるのはいかがでしょうか。
?
白髪だと!?
今までの店で一度も言われたことはない。
信じきれずにいると、パシャりと音がしてタブレットの画面を見せてきた。
ここの部分が白髪が出てきています。
少し量も多いので、染めるのも良いのではないかと
思います。
なるほど。気づかなかった。
誰にも指摘された事はない。
多少の驚きを隠せずいると、
染めさせていただいてもよろしいですか。
もう一度念を押され、力なく頷く。
確かに親も白髪は多かった。
しかしまだ自分は30前半。
考えたこともなかった。
皆気づいていたのだろうか。
おそらく気づいていただろう。
他人からは、特に髪をきる者が上からみたら、一目瞭然である。
それからは特別な事は何もなかった。
沈黙を埋める話題も、手や顔で答えられる話題であり、カットも染色もとてもスムーズに行われた。
髪を水とシャンプーで洗い流し、髪質を整えるトリートメントをされる。
髪も乾かし、セットしてもらう。
センスは悪くない。
そんなことを思いながら会計へ向かう。
案外良かったが、また来ることはないかな。
そんなことを考えながら会計を済ませ、外に出ようとドアノブを回すと、誰かが後をついてきた。
彼女だ。
彼女は、店の外までついてこようとした。
今まではなかった。
このような行為は嫌いであると悟られていたのであろう。
本日はお越しいただきありがとうございました。
担当させていただいた斎藤まいと申します。
髪色の件、ぶしつけに申し訳ございませんでした。
またのご来店を心からお待ちしております。
彼女は申し訳なさそうな表情を見せ、軽くお辞儀した。
「また来ます。」
そう言って私は店から離れた。
どうでしたか。
私も話さないで目を瞑るタイプです笑