Aコース
どれくらい歩いただろうか。
かれこれ30分はたっているはずだ。
暗い道は相変わらず、駅の影すら見えない。
時計を見れば深夜2時すぎ、明日の仕事にも差し支える時間になってきている。
俺は線路沿いを諦めて大通りを探してタクシーで帰ろうと線路沿いから道をそれて歩き出した。
それた道はさらに暗く細い。
それに車や人がいない。
あり得もしない話だが、こんなに人と会わないと違う世界にでも来たような錯覚にさえ陥ってしまう。
細い道を早足で歩いていくとやっと光が見えた。
安堵が俺を包む。
どんどん光に向かい進んでいくと、何かお店のようだ。
こんな時間に居酒屋か何かかなと思いながら近づいてくと人影が見えた。
人の姿に安堵がさらに俺を包んだ。
よくみると結構いる、4、5人?
さらに近づけば7人くらいいる、しかも並んでいるようだ。
こんな時間に行列ができる店なんてあるのだろうか。
並んでいる人たちはお世辞でも綺麗な身なりとはいえず、顔もうつむき加減で、声をかける雰囲気ではなかった。
ふと店の名前に目をやる。
「Z?」
アルファベットのZ一文字。
いったい何の店か検討もつかないので、店の店員に道を聞こうと八人目に俺も並んでいた。
俺が店に入った頃には深夜3時を回っていた。
店に入ると小さなカラオケボックスの受付のような感じで、俺の前に並んでいた人たちの姿はもうなかった。
受付には20代そこそこの女性が座っていた。
すると事務的に淡々と女性は話しかけてきた。
「ご利用コースはお決まりですか?」
ご利用コース?
こんな時間に怪しい人たちが並んでいた。
大人な店な可能性が出てきた。
とにかくどんなコースがあるのか聞いてみよう。
「あの…初めてなんですが、どんなコースがあるんですか?」
「ああ、初めてのご来店ですか。A~Zのコースがありますが初めてならAですね。よろしいですか?」
なんか引き下がれない状況になってきている。
こんな状況でこんな店に寄ってる場合ではないし、その前に持ち合わせもない。
「では先払いですので500円お支払ください」
500円?
聞き間違えかと思い聞き返す。
「え?いくらですか?」
「500円になります」
聞き間違えではなかった、予想した店ではなかったのと500円ぐらいならとついつい払ってしまう。
「ではこれが明細書兼証明書となりますので決してなくさないでください。なくされると出られませんので。ではそちらの扉を開けた先にもう1つ扉を開けると始まりますので、足元に気をつけて行ってください」
流れに任せてるうちに妙な事になってしまった。
とりあえず行くしかないと決心し、扉を開けると薄暗い長い廊下に出た。
確かに足元に気をつけなければ転げてしまいそうだ。
足元に気をつけながら長い廊下を進んでいくと扉があり、扉の上にはAと書かれていた。
この扉で間違いないようだ。
緊張しながらもドアノブに手をかけ、おそるおそる開けると中から光が漏れてくる。
そーっと扉の中を覗きこむと同時に強烈な光に全身が包まれた。
「な、なんだ、目が見えない!」
目をパチパチさせ必死に慣れさせていた。
誰かいる?しかも大勢だ。
「でははじめる!今回の戦いに負けなどあってはならない!」
慣れてきた目には想像を越える広さの草原、回りには歴史に出てきた甲冑をきた人たちが1000人いやそれ以上の数の中に俺も同じ甲冑をきて混じっていた。
数千人の前に将軍らしい男が、がなり声で演説中だった。
わけがわからない。
映画の撮影現場にきたのか、だとしてもいつのまに甲冑を着たのか、夢?
ありきたりではあるが頬をつねってみた。
痛い!
夢ではない、現実だ。
「伝令!西の茂みに伏兵!伏兵!」
「何だと!返り討ちにあわせろ!」
「ウォーーー!!」
何がなんだかわからないが一斉にみんなが走り出した。
俺はあっけにとられ、その場に立ち尽くしていると演説していた将軍らしき男が怒鳴りつけてきた。
「貴様!怖じ気づいたか!早くいかんか!」
「は、はい!!」
俺もなぜかみんなが走った方向に走り出した。
「危ない!」
その声と同時にどこからか飛んできた矢から一人の男に助けられていた。
「気をつけろよ、山田!」
山田?
なぜ俺の名前を知っている?
それよりさっき俺をかばったはずみにその男の腕には矢が刺さっていた。
「あの、矢が腕に…」
「これくらい問題ない、それよりいくぞ!今回は手柄をあげねぇとな」
そういうと腕に刺さった矢を引き抜き何もなかったかのように行ってしまいそうになった男に、言葉が勝手に出ていた。
「ありがとう」
初めてだったかもしれない。飾りでもない心からの感謝の言葉。
「気にすんなって、いくぞ!」
「あ、はい!」
頭がおかしくなってきてるのかもしれない。
今が普通ではないのも理解している。
だがなんだろうこの心の底がフツフツ沸き上がる感覚。
楽しい!今が楽しい、そんな気持ちが心の中を埋め尽くしていた。
俺は走り出していた。
次々と目の前で殺しあいが始まる。
そんな中を駆け抜けていくと目の前に敵らしい男が明らかに俺をめがけて斬りかかってきた。
とっさに体を交わしたが、バランスを崩して倒れてしまった。
すかさず追い討ちをかけてくる敵。
頭の中を死が駆け抜けた。
その時さっき助けてくれた男が俺に襲いかかってた男を斬りすてた。
俺の顔に返り血が飛んできた。
これは、映画撮影などではない現実だ。
「山田!刀を抜け!死ぬぞ!」
「は、はい!」
甲冑には脇差しがついていた。
それを抜けば重い。
重量うんぬんじゃなく、人の命を奪う道具ということがどっしりと重さを感じさせた。
「死ねー!」
後ろから声がしたと同時に振り回した俺の刀に鈍い感触があった。
また顔に返り血が飛んでいた。
見れば喉から血を流し今にも命の火が消えてしまいそうな男が倒れていた。
人を殺した。
俺は人を殺してしまった。
「だからぼさっとするな!まだくるぞ!」
そこからは記憶ははっきりしない、ただ無我夢中に刀を振り回した。
どれくらいそうしていただろうか。
俺は生きていた。
回りに敵はもういなくなり近くの木に寄りかかりへたりこむ。
「よく生き残れたな山田。やっぱりお前はすごいよ」
「はい…ただ無我夢中でした。何度も助けてくれてありがとうございました。えっと名前はなんというんですか?」
「おい、変なのは話し方だけにしてくれよ、へいただろ。ずっと一緒に戦ってきた大親友の名前を忘れるじゃねえよ」
俺はこのへいたという男と親友なのか。
「死ねー!」
一瞬だった。
今話していたへいたの首から血が吹き出す。
「お前なにしてんだ!」
俺はとっさにその兵士の喉を突き刺した。
「へいた!へいた!」
へいたにかけより、首から吹き出る血を必死で止める。
もうへいたは息をしていなかった。
心の奥から怒り悲しみ悔しさ寂しさ、感情という感情が押し寄せる。
しばらくするとへいたの血は止まった。
せめて顔だけでも綺麗にしてやろうと血を拭くものを探した。
甲冑の中に何かある。
紙?
入るときにもらった領収書だ。
紙に触れたと同時に、入ってきたとき同様にまばゆい光が包みこんだ。