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吸血王族  作者: ゆりめ
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それは嘆きにも似た

人が孤独を感じるのは何時だろう。


俺は億劫な首を傾けて呟く。

心は複雑怪奇だ。他人の感覚と自分の感覚は異なり、絶えず衝突してしまう。孤独を感じるせいで、殆ど無意識のうちに誰かを求めている。きっと感情がある限り、孤独とは付き纏うものなのだろう。至極面倒臭い、つくづく思う。残された時間が果てしないと分かっているからこそ余計に。けれどそんな面倒臭い感情すら、今は有り難く感じている。やはり、俺は本当に疲れているらしい、何時もはこんな小さな事をぐだぐだと考えすらしないのに、今はベッドから立ち上がる気力さえない。さっきの出来事を思い出すとなんのやる気も起きないのだろう。


一つ盛大に溜息をついてドサッ…っと、柔らかいベッドに全身を委ねる。

眠りは良い。嫌な事を忘れられるから。

俺は、暇さえ見つければこうして横になって寝ている。睡眠は忘却する為にあるといった科学者がいたそうだが、全くそのとおりだと、俺は人知れず賛同する。

うん、と小さく唸り、寝返りをうつと再び意識を沈ませる。ステンドグラス越しの月明かりが心地良い、肌触りの良いベルベットは、更なる眠りへ誘っているかのようだ。……………もう少し、もう少しだけ。



――




「ヴィクトリカ=フォン=ドラクロワ」

俺の名だ。

「私が告げたいことは解るな?」

「……」


周りを横目で見遣る。赤いカーペットの端に一列に整列した家臣達、後ろで不安そうな顔で此方を見つめる乳母や召使、その反対側で様々な感情の籠った顔をしている、腹違いの兄弟達。

眼前に鎮座するは、絶対的な、吸血鬼の王。


「…………解ってます。ですが父上、私は1つ疑問なのです。」


「………」


「見ての通り、私には他の兄弟と違って、王に匹敵する程の器を持ち合わせておりません。」


膝まづいた足が決意で揺れた。


「……ほう?それでは、継承権を放棄すると?」


「…構いません」


王の顔は歪む。


瞬間、背後で鳥の羽撃きを聞いた、気がした。


俺の意識は、そこで途絶えた。



――


はっ、と魘されるように起きる。



溜息しか紡げない。どうして嫌なことを思い出してしまったのだろう。


これで三度目だ。


父に王位継承を問われては、断り、問われては、断っている。その度に、こうして部屋に繋がれるのだ。…………俺が、嫌悪感から逃げ出してしまわないように。


………大体、逃げたとしても無駄だ。


俺の力は、確かに他の兄弟達に比べれば圧倒的と言えるかもしれないが、父親にしてみれば足下にも及ばない。今の様に簡単に捕まって、閉じ込められるだけだ。


すっかり寝付けなくなって足首に繋がれた鎖を弄びながら、考える。


"何故、父は俺を王にしたがるのだろうか"


"何故、器のある兄弟達を差し置いて、俺に固執するのか"


疑問は積もり積もって更に俺を陰鬱にさせてしまったので、そこで考えるのを止めた。


コン、コン



控えめなノックの音がする。

咄嗟に慄いてしまい、身を固くする。


「………ヴィクトリカ様?」


声の主は、乳母のクリスティーナだった。

俺の応答の後に、一人の年配の女性が入ってくる。


大方、父親に頼まれた口だろうと俺は隠すことなく嫌悪を剥き出しにする。


「坊ちゃん、違うので御座います、今宵は乳母やめの意思で参りました。」


どうしたことだろう。乳母は俺の知るかぎり、父に従順で忠実だった筈だ。

父絡みでないならともかく、何の用なのか。

乳母は、真剣そうな表情を浮かべ、真っ直ぐに俺を見てくる。いつもの頬笑をたたえた優しい顔の面影はなかった。


「………お父上の、ザッハ様のご提案を断り続けるのは、坊ちゃんに他の目的がお有りだからではありませんか?」


目を見開く。そうだ、母親を早くに亡くした俺の、唯一の拠り所だった、彼女。


「どうして………判った」


「この乳母やの目を甘く見てはなりません、いつから貴方様を見ているとお思いなのです?大方、最近頻繁に外出されるのはあの方とお会いしているからでしょう?」


冷たい俺の手を両手で包み込んだその微笑みは、寂しがり屋の俺をいつも宥めてくれた、


「………貴方を、お救いしたいのです。」


頼もしくて、暖かい、俺の義母親。



――



孤独にも色々な種類がある、と俺は思う。


俺は、天涯孤独ではないし、家族は多い。

父は厳しかったが、その中に優しさを感じることだってあった。母は、早くに死んでしまったけど、乳母の愛情を一心に受けて育った。もっと不幸な人々は、俺を贅沢だ、欲張りだと、詰るだろうか。



第一王子である俺には、他の兄弟とは比でない期待と妬みが絡みついていた。吸血鬼の王と言うのはそれだけの価値があるのだ。この世界の吸血鬼を束ねることが出来るだけではなく、その眷属さえも従わせられる力。しかし絶対的な権力は争いを呼ぶ。兄弟仲は決して良い訳ではなく、食事に毒を混ぜられたり、趣味でやっていた乗馬の愛馬を殺されたり、洋服をビリビリに引き裂かれたり………数え上げたらキリがない程、嫌がらせと嘲笑で殺伐とした日々を生きてきた。


俺が何が何でも王の座を拒むのは、俺自身、そんな生活を疎ましく思うからだ。何故俺は王の子なのだろう。幼い頃こっそりと抜けだした麓の町でみた、ごく普通の、貧してもなく豊かでもないが、兄弟や町の人達と笑い合って過ごす日常。


とても羨ましい、その一心だった。



――



乳母の計画はこうだ。


結局俺は三度断っても無駄だったらしい。

乳母の話によるとどうやら、父は俺の意思関係なしに、明後日戴冠式を決行するそうだ。


その為に俺を部屋から出すつもりはないのだと。

そこで、乳母が見張りであることを利用して戴冠式までに俺の人形〈サーヴァントドール〉をつくり、身代わりをあてがう事にした。


「………この術式は、とても危険です。」


提案者の乳母は渋い顔をする。

無理もない。成功率10%未満、失敗すれば命さえ危うい。本当に酷だ。その10%に縋らなくてはならない状況なのだから――。


俺は、魔法陣を練りながら乳母の心配顔をみて、微笑む。

何故だか、笑いが込みあげてきた。この生活から抜け出せることを考えたら、死の恐怖など取るに足らないことなのだろうか。


目の前の魔法陣に集中する。

術式に必要なものは、生物と術者の血。外にいた小鳥を拝借して、魔法陣に固定する。指先を軽くナイフで切りつけ血を一滴垂らす。

後は意識を一点に絞り、魔術を刻むだけだ。

数十センチ程の小鳥はみるみると姿を変え、人形になる。

しかし今のままではただの中身のない入れ物である。

本当に危険なのはここからだ。

戴冠式には俺の"魂"だけ、この中に入れなければならない…………本体を荷物として、外に運び出して。

その為の前準備が山程ある。


手紙をまず、二枚したためて一つは外に、もう一つは父へ送った。


外への手紙を乳母に託したあと、俺は黒く薔薇の装飾が施されたマントを羽織ると、部屋の外へ出た。


俺を見た使用人や家臣たちには、事実をふれ回した。"漸く、継承する事を承諾した"と。


城の奥深く、外れにある一際手入れがされていなさそうな大きな扉を叩く。

……返事がないのは、無人である証拠だ。開けた扉の隙間から、ホコリが立ち込めた。


「……フィン?」


おそるおそる尋ねる。なんせここは保管室、何百個もある貯蔵庫の一つだ。手入れが行き届いていないのも、貯蔵品がほとんど年代物のワインだからである。

やはり、ここにして正解だった。


暫くすると、薄暗い部屋の奥からゴトゴトと音がする。


「んあ?!、………ヴィー、さん?っすか?」


………他に誰かこんなホコリくさいところに会いに来るのだろうか。


持ってきたランタンで辺りをより明るく照らすと、ワインを積み上げた棚からストッと眼前に着地してくる。

……信じられない話だが、俺を待つまでの間ホコリ塗れのワインタワーの上で寝ていたらしい。

癖のある銀髪はホコリ塗れだが、本人は全く気にしていない。エメラルド色の眼はまだ眠たそうに瞼を緩ませている。


彼の名前は、フィンヴァラという。

城内の警備をしている警備隊長であり、話せば長いが、俺の腹心だ。


「フィン、漸く準備が整い始めた。」


俺の言葉を聞いて、フィンヴァラは銀髪をかきあげ、人懐っこい笑みを浮かべた。


「…やーっと、ヴィーさんの念願が叶うんすねっ!!!俺、呼びだされたのぜったいそうだって分かってました!もう、いてもたってもいられなくて………!」


はしゃぎ過ぎな程にフィンは浮かれて目を輝かせる。


「いや、やっぱり人形を使う事になった。油断は出来ない。」


「ええー!?な、なんでっすか?あっザッハ様、遂に強行手段に出ちゃったんすか?あの人もつれないっすよね、内心めっちゃヴィーさんの親馬鹿なのに~。」


こいつには継承権を断っただけで息子の意識を飛ばせるような奴が親馬鹿に見えるらしい。

……フィンの前だとどうも調子が狂う。


「だから、お前には荷物運びを任せたい。」


これが本題だ。


「………あー、あの、じゃあ晴れて俺も、申し出しないと、なんすよね……?」


こいつが恐れるのは申し出の時。ここでは暇を貰いたいときは王に直談判なのだ。噂だが、父は裏切りを許さないので相応の覚悟が必要らしい。……先日暇をもらった家臣の一人は半殺しにされた為全身を包帯で包まれて担架で下城して行った。


フィンヴァラが決死の覚悟を決めあぐねている同刻。



――



カランコロン。



町はずれのバーに、顔を深くフードで隠した青年が入店する。



黒い長ひげをたくわえた店主は、青年が一人であることを確認すると愛想よくカウンター席を勧める。


青年が大人しくカウンター席に着くのを確認して、店主は常連との話を再開し始めた。


「そいでさ、お客さん、その王子様が変わり者らしーんだよ。」


「あぁ?王族はみーぃんな変わりモンって聞いたぜー?」


「いいや、俺が言ってんのは第一王子さぁ。なんでも、父王から王位を譲られてんのに承諾しねぇで、大人しく部屋に繋がれてんだと」


「ほんとか?!いやぁ、何を拒むのかねぇ~王になりゃあ、金も権力も使いホーダイ、いい女も侍らしホーダイっちゅーのに……」



カランコロン。



「いらっしゃい。空いてる席に座わってくれ。一人ならカウンターもあるんでな」


入店したのは、一人の老婦人。


「隣、よろしいかしら?」


物腰柔らかな身のこなしで青年の隣に座り、老婦人は薄く笑みを浮かべ小声で問い掛ける。


「……アルフレッド様」


黒いフードから覗く、金色の濃い下睫毛に縁取られた、ハニーゴールドの瞳が垣間、見えた。



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