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五話・文芸部の占い師

 俺らが向かっている文芸部は、部室として第三自習室を利用している。

 北校舎四階の隅っこにあるそれは他の文化部の部室が密集する南校舎から外れ、隣の教室は滅多に利用されることのない理科室なので、人の往来もほとんどない。そもそもそこに部室があることすら認知されていない可能性も高いと言える。

 再び靴を履き替え、昇降口を上る。

 意気込む烏丸が一直線にそこを目指したために、鞄を置きに行くことは叶っていない。熱の入った彼女を収める技能を俺は持ち合わせていないし、そこで勢いを殺ぐことははばかられた。


「ねえ、その占い師ってどんな人なの?」

「中学からのタメでさ、困ったら色々相談に乗ってもらってたんだ。あいつの占いって本当によく当たるんだよ」


 寡黙で一癖あるやつだが、と言いかけて口をつぐむ。

 あまり余計な情報は入れない方がよさそうだし、そもそも生徒会長や女王様の方が癖の強い人種なので、なんとなく口にしづらかった。

 そんな会話をしつつ北校舎の最上階である四階にたどり着くと、『第三自習室』のプレートが掲げられていた最西端の教室を目指した。

 教室の前で決意に満ちた烏丸の横顔を一瞬だけ視界に収めると、勢いよく扉をスライドさせた。

 日当たりのよくない教室だけにややうす暗く、六月に似つかわしくないひんやりとした空気が頬を撫でた。

 中には四つの机を連結させた六つのブロックが並んでいて、教室の後方には様々な色のファイルが挟まったアルミのロッカーが積み重なっていた。この教室は授業に使われることがあまりないようなので、ほとんどが文芸部の過去の作品群なのだろう。壁を覆い尽くすその量に歴史を感じた。

 入口から真っ直ぐいった窓際の席に腰掛けていた色白の少女は、突然の来客に動じることもなく、読んでいた図書を机に伏せると、億劫そうにこちらを見た。


「……どうしたの、春樹。久しぶりね」

「ああ、久しぶりだな」


 入学式の直後はよく顔を合わせたのだが、思い返せば一か月以上ぶりの再会である。

 彼女が馴染みの占い師である兼平静香。

 色素の薄い亜麻色のボブカットは中学から変わらない彼女の拘りらしく、眼鏡の奥の気だるそうなジト目も相変わらずだった。


「入っていいわよ。どうせ皆幽霊部員だから誰も来ないし」


 兼平に促されるまま、教室の中へ。

 足元へ鞄を置くと、緊張気味でぎこちない烏丸と並ぶ格好で彼女の向かいの席に腰を下ろした。


「はじめまして、烏丸さん。彼から聞いてると思うけど、兼平静香です。同じ一年生同士、気を張らなくてもいいわ」


 そんなもの面倒だから、と兼平は呟くように言った。

 兼平は元から烏丸のことを知っていたようだ。生徒会役員の肩書きは伊達じゃない。

 裏表がなく誰にでも同じように求める彼女の性質は昔から変わらない。人付き合いに大雑把な彼女が果たしてお堅い烏丸と上手くいくのかは未知数だった。


「あー、うん。よろしく兼平さん」


 少し戸惑っているようだが、一先ずは烏丸も彼女に合わせる姿勢を見せた。

 最初の対面の感触としては悪くないと思う。まあ、問題はここからなのだが。

 満足気味に鼻を鳴らした兼平だったが、烏丸に見せた温和な表情とは打って変わって久々に会った俺の顔を鋭利な眼差しで捉えた。


「……で、春樹は何の用なの? あなたに限って暇だから会いに来た、なーんてこともないでしょうし、生徒会の役員まで連れてきて……今度は何の事件に首を突っ込んでるの?」


 中学時代の俺を知る彼女らしい、実に優れた推理だった。

 彼女は賢い女性だ。探偵の真似ごとを始めてから高校へ入学するまで、俺の専らの相談役は眼前の兼平静香だった。それだけで今更頼られる理由を推し量るくらいは十分なのだろう。


「ちょっと人探しをな。それでお前を頼りにきた」

「生徒会の人も関わっているの?」


 俺が生徒会からの委託で事件を捜査していることは秘匿事項で、例え兼平といえども口外することはできない。


「……そうだな。成り行きで協力することになった」


 頬杖をつく兼平は、ふーんと興味なさげに鼻を鳴らした。

 上手くお茶を濁せたらしい。


「烏丸さん、彼の言ったことに間違いはない?」

「え、まあ、間違いはないわね」

「そう。あたしには言えないことなのね、春樹。気付いてないでしょうけど嘘をつく時、小さく頷いてから話す癖は直した方がいいわ」


 相変わらず頬杖のまま、ジト目が俺を見据える。

 自覚していなかった癖を指摘されて、思わず言葉に詰まった俺を彼女は軽く一蹴した。


「……やっぱり嘘なのね。こんな初歩的なハッタリに引っかかってるようじゃダメよ、探偵さん」


 にやつく兼平は悪戯を完遂させたクソガキのようで、中学の時と同じ顔をしていた。

 鎌を掛けられたのだと自覚すると急に顔が熱くなるのを感じる。

 ……何やってるんだ、俺は。これでは完全に彼女の手のひらの上だ。

 占いとペテンは紙一重とはよくいうが、彼女の言うとおりこんなにあっさり引っかけられているようでは俺もまだまだだ。


「まあ、それでもいいわ。多少精度は落ちるでしょうけど、人探しについて占えばいいね?」

「……ああ。頼む」


 俺が小さく頭を下げると、彼女は悪い笑みを返してくれた。


「オーケイ。とびっきりのを占ってあげる」


 机の下にあった鞄から擦り切れた紙の箱を取り出した彼女は、さらにその中のカードを机の上に広げると、麻雀牌のように無作為に掻き混ぜ始めた。

 魔法陣のように幾何学的な模様がプリントされたタロットカードはところどころ痛んだおり、不意に中学時代を思い出させた。


「それじゃあ始めるわよ」


 二十枚ほどのカードを一つの山に集めると、彼女は次々と規則的に配置していく。一通り並べ終えると数枚の山札を残し、並べたカードを表にしていった。


「残酷な女、聡明な男、盲目的な愛、完成された不安定、後悔と破壊……」


 カードをめくりながら彼女は呟いていく。

 タロット占いは一枚一枚のカードの意味を繋げていくことだけでなく、占い師の想像力や連想される単語によって解を導き出すらしい。

 兼平はこの作業が格別に上手く、天武の才だと言っても過言ではない。

 俺も自分なりに解釈を考えてみるのだが、彼女ほど上手くやってのけたことがない。いわば占う度に彼女に連敗しているのだ。

 占いの才というものがあるならば、兼平はその最上級だろうと認識している。


「うーん、普通に考えるなら痴情の縺れかしら。でも人探しにそれがどういう意味があるのか……」


 人探しといえば普通は生きている人間を想像するだろう。でも俺達が追っているのは失踪したサッカー部員だ。もし犯罪に巻き込まれていたなら死んでいてもおかしくない。

 兼平の占いを信じるなら、おそらく広橋陸斗は無事ではない。

 経済力のない高校生が自発的に失踪する確率なんてたかが知れている。また仮に誰かに匿ってもらっているにせよ、匿う側に相応の理由があり、進路に迷う三年生が自身の将来の過渡期に警察沙汰を起こすリスクが並び立つケースなど多くない。

 薄々彼が事件に巻き込まれているのではと感じていたが、今回の占いの結果をそのまま受け取るならば、きっと犯人は広橋の恋人であった可能性が高いように思える。


「いや、これで十分だ」


 首を傾げ納得のいかない表情の兼平だったが、そこで思考を止めたようだった。


「そう。また困ったらいらっしゃい。あまりもてなせないけれど、話し相手くらいならいつでもなってあげる」

「その時は頼むよ」


 俺はそれだけ言い残して第三自習室を後にしようとした。


「あ、春樹!」

「うん?」


 普段は冷静あるはずの兼平が珍しく大きな声で俺を呼び止めた。


「あなた、まだあの夢見てるの?」

「まあ、時々な」


 おそらくは靄の中で得体の知れない声に呼び止められる明晰夢のことだろう。あまりに何度も見るので、中学時代に一度だけ彼女に相談したことがあるが今も覚えているとは意外だった。

 そもそも今朝もあの夢を見たことは伏せておくことにしよう。


「……つけて」

「は?」

「気をつけてって言ってるの」

「気をつけてって……。たかが夢だろ」

「なにか……うまく言えないけど嫌な感じがするの」


 そこには沈着冷静で理路整然とした彼女の面影は乏しかった。ここまで取り乱す兼平を見たのは初めてだ。

 強烈なインパクトと共に心にすり込まれる。今の彼女の表情はしばらく忘れられそうにない。


「うん。覚えとくよ」


 教室を出て扉を閉めると、物悲しい雰囲気が辺りを包んでいた。


「ねえ、兼平さんが言いたかった事って……?」

「なんでもない」


 それきり烏丸も口を開くことはなかった。占いについては半信半疑といった様子だったが、この時ばかりは口を挟まない。

 人が取り乱すというのは余程の理由が必要であると彼女も知っているらしい。特に冷静沈着な部類の兼平に限って言えば、本当に何かしらの根拠があるのだろう。

 特に生徒会に寄る理由もないので、明日の昼休みに食堂で落ち合う約束をしてから、烏丸とはそこで別れた。

 今日はなんとなく一人で帰りたい気分だった。

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