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二話・失踪事件

「それで俺はどうすればいいんですか?」


 邪魔者はいないので単刀直入に切り出す。これが一番手っ取り早い。

 正直なところ、烏丸を追い出すには回りくどい方法だと思った。しかしそれ以前に追い出したからには今話をすべきなんだろう。


「何が言いたいだ?」

「ここに俺を呼んだのは何かしらの事件の捜査を俺に依頼するためなんでしょ」


 本題を切り出すチャンスはいくらでもあったはずだ。それなのに未だにそれは語られていない。烏丸を買い物に行かせたのもあいつに聞かせてはまずいことだからなのだろう。


「さっさと本題に行きましょう、家群会長?」


 北校舎一階の購買部までは往復でおよそ十分弱。食堂と購買部は隣接しているために昼食時の利用者は通常よりも多く、それ以上に時間が掛かるだろう。

 一見するとただの性悪ロリっ娘だが、理由もきちんと存在するのだ。


「そこまでわかってるなら話は早いね。まあ、座りなよ」


 彼女に促されるまま、適当な席に腰を下ろした。事務所にありそうな椅子の着座面をぐるりと回して窓際の会長席を見やると、家群会長も短躯を不釣り合いな大机に落ち着かせたところだった。

 そのまま机の上にあった可愛らしい水色の弁当箱と箸を手に取りミートボールをぱくり。

 どうやら彼女も昼食中だったらしい。

 どうでもいいが微笑ましく見えるのは気にしてはいけないのだろうか。


「まず君に依頼したいのはサッカー部主将の広橋陸斗の失踪事件についての捜査だ」


 失踪事件と聞いて、不謹慎ながら俺の胸は高鳴った。

 生徒会は学内に三か所、目安箱の名称で意見投書の場を設置している。大抵は校則の緩和や公共設備の改善などについての意見が寄せられるのだが、中には生徒会を探偵と間違えているとしか思えないような個人的な依頼が投書されることがある。

 中学時代、新聞にも取り上げられた事件の解決に俺が絡んでいたことを知った家群会長にスカウトされる形で、この手の依頼を俺が引き受けることになったのだ。

 俺としても様々な人間関係を観察できるチャンスであるし、いざとなれば生徒会の後ろ盾もある。断る理由もなかった。

 そして当然と言えば当然なのだが、生徒間のプライベートなエリアに立ち入る依頼も存在するため、俺と生徒会の関係は秘密にされている。

 また俺が頻繁に生徒会に出入りするのを怪しまれないために、選挙で選ばれた役員とは別枠で、有志の生徒会所属の生徒として正式に名簿に名を連ねている。

 さて、本題に戻ろう。


「おもしろそうですね」

「……君は随分と不謹慎なことを言うね」


 ひとが一人いなくなったのだから確かに不謹慎だ。

 しかし俺が依頼を引き受ける理由が好奇心によるものが大きいからなのだからこれが本心だ。俺に求められるのは失踪した生徒を心配することではなく、事件の真相に一歩でも近づくことなのだと理解している。

 そんな旨を返答すると、生徒会長は大きくため息をついた。


「君ならそう言うと思ったよ。……既に警察も広橋の家族からの訴えで捜査を始めているらしい。ただ学校側は事件を表に出ないようにしている。というより隠蔽していると言った方が正確か」

「隠蔽ですか。なんでそんなことをしてるんですかね? もしもバレたら週刊誌の餌食になりそうなものなのに」


 海華高校は創立から百年に近い伝統ある私立校だ。野球部は甲子園での優勝経験もあるし、吹奏楽部やテニス部なども全国大会の常連だ。それなりの知名度は間違いなくある。そんな伝統校が事件を隠蔽なんて週刊誌が放っておくはずがない。


「広橋はサッカー部の主将であり、エースでもあった。年代別の日本代表候補にも挙がった彼はプロ注目のプレイヤーだ。当然チームの柱である彼を欠いたチームが苦労するのは目に見えているし、事件が公になってしまえばマスコミの取材で練習時間が大きく削られてしまう。それで一か月後の七月末に迫ったインターハイの県予選で戦うのは厳しいだろう」

「選手の心情に配慮しての隠蔽ってことですか」

「そんなところだろうね」


 たかだか高校生がいなくなった程度で過剰ではないだろうか。いくら有望選手だったからと言えども違和感を感じた。

 しかしそこを疑問視するのは建設的ではないと思考を打ち切った。


「そういうわけで君にも極秘裏に調査をしてほしい」

「わかりました。他に気をつけないといけないことはないですか?」

「君の主導で動いてくれればいい。ただ愛梨ちゃんと組んでもらうからそのつもりで」


 烏丸と組むのはいつものことだ。彼女がいなければ面倒な報告書まで俺の仕事になってしまう。

 規律にうるさい彼女がパートナーというのはやりづらい部分もあるが、仮に俺の捜査が一線を超えてしまえば、生徒会の問題となる。その点、自分の意見をはっきりと述べ、規律に従順な烏丸は抑止力としてうってつけの人材だ。俺が会長の立場でも同じ策に打って出るだろう。


「ところで会長、烏丸を追い出した理由ってなんですか?」


 ここまでの話なら烏丸がいても問題なかったはずだ。まだ重大な情報を隠しているのだろうか。


「追い出したなんて人聞きの悪い。ただのペナルティだよ」


 ……もしかして俺はこの人を過大評価していたのか?

 結局はただの性悪ロリっ娘だったらしい。


「さてと。話も終わったし、ボクもお昼を食べさせてもらうよ」


 そう言うと今度は緑の鮮やかなブロッコリーを咀嚼し始める会長。空腹を思い出すには十分な光景だった。


「……会長、そろそろ行かせてもらってもいいですかね?」

「もう少しだけ、ね」


 俺の昼食へ道はやんわりと却下されてしまった。

 何かを含んだような会長のあどけない笑顔が引っかかる。嫌な予感がした。

 バダン。

 ちょうど烏丸が帰ってきたのはこの時だった。立て付けの悪い扉もバイオレンス少女に観念したのか、勢いよくスライドすると壁にぶつかって轟音を響かせた。


「買ってきましたよっ!」


 一階の購買部から走ってきたのか、彼女の肩は目に見えて上下動していた。

 そして彼女の手の中で毒々しいオーラを放つ緑色の物体こそ、かの有名な『もろへいや100%ジュース』である。


「お疲れ様、愛梨ちゃん」


 いつの間にやら俺の背後までやってきていた家群会長は、可愛らしいピンクのガマ口財布から百円玉を取り出させると、さっと烏丸に握らせ、代わりに緑色の劇物を奪い取った。

 呆気に取られる烏丸に会長は一言。


「そんなに飲みたいのなら自分で買ってきなよ。ボクが君に課したペナルティーは買いにいくまで。これはボクからお客様へのおもてなしだ」


 会長席へ戻る道すがら、そう言って会長は座っている俺の手にそれを握らせる。冷たい感触がした。さっきまで自販機の中で冷やされていたのだから、当然といえば当然なのだが。


「あのー。会長……これって」

「僅かばかりの気持ちだ。受け取ってくれるよね?」


 有無を言わせぬとはこのことだ。性悪ロリっ子が意地悪い顔で微笑んでいた。

 依頼を回してやっているんだから料金代わりに飲んでみろということか。

 手の中のモスグリーンと対面する。『もろへいや100%』の白い文字がこれ以上ないインパクトを醸し出しているパッケージがこちらをのぞき込んでいた。これだけでも十二分に嫌気が差すのに、さらにその下には『緑黄色野菜の王様』と赤字で印されているのがいっそう毒々しい。極めつけには黒字で書かれた『喉越し良好!』の六文字に悪意すら感じる。

 おもてなしというなら、コーヒーでいいんだけどな。そんな僕の願いは性悪幼女に届くはずもなく、


「さあ、ひと思いに飲んでやってくれ」


 まるで悪魔の契約だ。命こそ取られないが、失うものは大きい。

 意を決して封を開ける。

 プシリ。

 プルタブの口から除く緑色の泡が俺の決意を揺るがせる。しかしやるしかない。

 普段はあれほど攻撃的な烏丸も驚きと僅かな心配を織り交ぜた面持ちでこちらを見つめていた。

 覚悟を決めて、口を付けたアルミ缶を傾けた。冷たい液体が口の中へ侵入してくるのが分かる。ハッキリと聞き取れるほど、喉が鳴る。


「どうだい?」


 意地悪そうな笑みを作ってロリっ子が問いかけてきた。


「あー、まずいですね」


 ……とりあえず色々な意味で百パーセントだった。少なくとも喉越しはよくない。後で表示偽装で消費者センターに問い合わせてやろうかと思った。

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