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プロローグ・朝靄の問答

 気がつけば辺り一面には(もや)が立ち込めていた。

 学校の最寄り駅。普段ならバスやタクシーが行き来するはずの駅前のロータリーは明け方らしくうす暗い。当然ながら人気も皆無だった。

 広がる薄い靄は世界から切り捨てられたような儚さと神秘性を醸し出す。まるでファンタジーの世界だ。


「ああ、またここか」


 俺はこれが夢であることを知っている。

 夢であることが自覚できる場合、それを明晰夢というそうだが、日常に酷似したそこは俺を閉じ込める鳥籠のように圧力を感じさせる。

 植え込みの樹木は初夏を思わせる深緑を装っているのに、ぞわりと心を冷やす不釣り合いな風が時折吹いた。


『なあ、おもしろいことやってみねェか?』


 聞こえてくる声は若い男のようだったが、荘厳でありながら、俺をあざ笑うかのような軽薄さも持ち合わせていた。全く以て不思議というか不気味な声だ。

 今日と同じような夢を見たのは一度や二度ではない。思い返せば中学三年の夏休みを過ぎた頃からだった。それからは数日に一度は同類の夢を見ている。場所こそ変わるが靄の中で誰かに問い掛けられる点は共通している。

 そしてそれが始まったのは、ちょうど探偵の真似ごとを始めた時期と重なる。


「おもしろいことってなんだよ?」


 同じニュアンスの言葉を何度も問い返したところで一度たりとも返答があったことはない。

 おそらく声の主が求めているのはイエスかノーかの二択でしかないのだろう。

 おもしろいこととはどんなものなのか。興味はあるが一方的で意図のわからない横柄に便乗するほど、浅はかじゃないことを自負している。例え夢だとしてもここまで続くとなんらかの必然性が感じられて、易々と決断することははばかられた。

 これではまるで悪魔の取引だと思った。

 やがて返事のないまま、靄は刹那的に濃度を増し、視覚のキャパシティを凌駕していく。

 朝が来たのだろう。

 いつもならこのまま静かに意識が覚醒していくだけだった。

 しかし――


『優等生ぶって考えてねェで、感性のまま、アブノーマルな非日常(スリル)を味わってみろよ。つまんねェ日常(リアル)なんざ飽き飽きしてんだろ?』


 ぞわり。

 背後に感じた嫌な存在感に身震いした。

 そして反射的に振りむく前に、急速に現実へと引き戻されていく。

 声の主が何者かも確認できないまま、目覚めは一瞬を切り取っていった。


『カカカッ。いい返事、待ってるぜ。ハルキ!』


 最後にそいつは俺の名前を読んだ。

 逃げきれないところまで、そいつが来ていると俺――井波春樹はこの時を以て、ようやく理解させられた。

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