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許嫁は土地神さま。  作者: 夙多史
第一巻
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五章 困ったときの神頼み(10)

「どうじゃった、人の子よ? 前の白季のには会えたかの?」

 現実世界に戻った僕に加耶奈様が最初にかけてきた言葉がそれだった。いつの間にか神社の屋根から降りていた加耶奈様は、全てを知った風にニヤついた顔を僕に向けている。

「てことは加耶奈様、僕を白季小和媛命に会わせるためにあんなことを?」

「それもある。が、わしも知りたかったのじゃ。白季のの真意をな。もっとも、わしの神気で釣り上げた記憶じゃったせいか、わしも知っておる内容ばかりじゃった。もしくはあれで全てじゃったのかもしれんがな」

 どうしよう、蓋を開けてみれば試練でもなんでもなかったよコレ。加耶奈様の好奇心に振り回された感じが否めない。

「お主の中には相当量の神気が埋め込まれておるようじゃから、もしや白季のが〈輪帰〉する前に取っておった記憶のバ、バ……」

「バックアップ?」

「おう、それじゃそれ。そのばっくあっぷかと思うておったが、見当違いじゃったかもしれんの。ふむ、わしも現代に合わせて横文字に慣れたいのになかなかうまくいかん」

 神様も日々勉強なんだね。小和もそろそろ『テレビ』って単語くらいは覚えてもらわないと。

「けど、だいたいわかったんじゃない? 白季小和媛命はまだ諦めてないってことが」

「カカッ! そうじゃな!」

 腰に手をあてて仁王立ちし、加耶奈様は豪快に笑う。

「わしも白季のと競い合っていた頃が一番充実しておった。またあの頃のような日々になるんじゃったらわしも嬉しいぞ。そういうわけじゃから人の子よ、ほれ、早く祈れ」

「え? もう試練はいいの?」

「お主が本気じゃということは嫌と言うほど伝わっておるわい。覚悟がなければ最初にわしの炎を見た時点で諦めておることじゃろうしのぅ」

「わかった。ありがとう、加耶奈様」

 急いでポケットから財布を取り出した僕は、小銭入れから五円玉を――選ぼうとしてやめた。こんな大事なお祈りに五円玉とかケチ臭いよね。

「パァーッっと奮発しよう。小和のためだ」

 僕はお札入れの方に一枚だけ入っていた紙切れを賽銭箱に投げた。さらば諭吉!

 豪奢な鐘をカランカランと鳴らし、二拝二拍一拝。


 ――小和が、僕たちとずっと一緒にいられますように――


 僕の〈祈り〉が勾玉型の輝きとなって加耶奈様に届く。

「まったく、白季のは幸せものじゃのぅ。思わず妬いてしまいそうじゃ」

 苦微笑する加耶奈様は右手を天に翳す。すると――ボワッ。炎が燃え上がるような音を立てて、その掌に緋色の輝きが出現した。

 それから加耶奈様はゆっくりと僕に歩み寄り、そっと緋色の輝きを僕の胸にあてた。

「――ッ」

 刹那、僕の体に熱いものが込み上げてくる。力が湧き上がってくるとかそんなのとは違うけど、とても激しくて、優しくて、そして心地よい熱だった。

「わしの神気じゃ。それをどう使うかは白季の次第じゃが、わしにできることはこんな援助じみたことだけじゃからのぅ。時に人の子よ、神気の引き渡し方は知っておるか?」

「神気の渡し方……?」

 知ってるもなにも、僕は出会って早々にそれをやっている。あとは僕と小和にそれをする覚悟が問われるだけで、なにも問題はない。

「うむ、大丈夫そうじゃな。ならば急いだ方がよいぞ。人間たちの話を聞く限り、今日、白季神社の一部が取り壊されるそうじゃ。本格的には来週のようじゃがな」

「なんだって!?」

 そんな話は聞いてないぞ。

 僕はすぐさま踵を返して走り出そうとした。だが――

「待て人の子よ。途中まではわしの〈縮地〉で送ってやろう」

 加耶奈様が嬉しい呼び止めをしてくれた。確か〈縮地〉ってのは土地神様の瞬間移動みたいなものだったはずだからね。

「本当! ありがとう! あ、でも彩羽……じゃなくて信長さんが」

「案ずるな。あの娘も後で必ず送り届けるでな。まったく、わしの属神相手に大立ち回りとは、霊体とはいえ侮れぬ者よの」

 それを聞いて僕はすこぶる安心した。

 待っててよ小和。すぐに戻るから。


        ***


 白季町に戻った僕は真っ先に自宅を確認したが、そこに小和はいなかった。

 靴がなかったので外に出ているのだろう。そうなると、行き場所は一つしか思い当たらない。

 そう、白季神社だ。

 小和はそこにいる。根拠はないけど確信はある。

 僕は家を飛び出し、まっすぐに白季神社へと向かう。走ってばっかりで体が休息を求めてくると思ったけど、加耶奈様の神気が僕の中にあるせいか、まるで命が二つになったかのように疲れるどころか息切れすら起こさない。

 だから僕は全力で走った。畦道を突っ切り、鳥居をくぐり、白季神社名物の千の石段も駆け登る。

 神社の入り口に停めてあった建設会社の車が不安を煽る。もう手遅れだったらどうしよう、という負の念が脳内で渦を巻く。

 と――

「お嬢ちゃん、危ないからそこをどいてくれないかな?」

 いつか聞いた中年作業員の声が聞こえてきた。

「ふざけるな! お前たち、わたしの神社になにをする気だ! 滅多なことをしてみろ、末代どころか親族全てを祟ってやるからな!」

 続いて小和のロリボイスが境内に響き渡る。やっぱりここにいた。たった一人で神社を破壊しようとする作業員たちの妨害をしているんだ。

 石段を登り切った位置に四人の作業員が並んでいる。昨日の人たちだ。彼らの傍には爆破解体用のダイナマイトらしき物体が置いてある。加耶奈様の言ったことは本当だった。

「悪いけどちょっと予定に変更があったんだよ。でも今日はほんの少し壊すだけだから、ね。写真に残せるくらいには調整するから」

「少しだろうと壊されてたまるかっ! ここはわたしの――神の社だぞ! この罰当たり共め!」

「おい、誰かこのお嬢ちゃんを抑えつけとけ。これじゃ作業が進まん」

 話し合いでは埒が明かないと判断したのだろう、中年作業員が部下にそう命じる。「へーい」と面倒臭そうな返事をして部下の一人が小和に歩み寄り、その手を乱暴に掴んだ。

「は、放せ!」

 小和は振り解こうと身動ぎするが、いくら神様でも子供の姿のままじゃ大人には勝てない。だから――

「小和を放せぇえッ!!」

 僕がどうにかするしかない。

「成人!?」

「どわっ!?」

 小和を抑えようとしていた作業員を僕は体当たりで突き飛ばした。転ばされた作業員は腰を押さえながら「このガキ……」と刃物のようなブチギレ視線で睨んでくる。恐ぇ。

「お、お前、この大変な時にどこ行っていたのだ!」

「その話は後にしようよ、小和。それより渡したい物があるんだ」

 残り二人の作業員も僕たちを取り押さえようと囲んでくる。躊躇っている場合じゃないね。急がないと。

「な、なんだ? 渡したい物って?」

「小和、ごめん。そしてうまく使ってね」

 僕は小和の両肩をしっかりと掴み、

 意味がわからず困惑している彼女の青い瞳を見詰めると、


 そのピンク色の小さな唇に、そっと自分の唇を重ねた。


「んっ!?」

 両目を大きく見開いた小和。作業員たちも僕の唐突な行為に唖然としている。

 僕の中でずっと滾っていた熱いなにかが流出していくのがわかる。実は他の神様の神気を受け入れられるのかと心配だったけど、どうやら杞憂だったみたいだね。

「んぅ……」

 いきなりのことで暴れそうだった小和が次第に弛緩していく。見開かれていた両目はとろんと蕩け、もう僕にされるがままの状態だった。

 小和の唇ってなんて柔らかくて温かいんだ。いつまででもこうしていられそうだけど、あんまりやり過ぎて僕の命になってる神気まで流れてしまうのは困る。

 加耶奈様の神気が流れ切ったタイミングを見計らい、僕は小和の唇から離れた。

「あ……う……あ……」

 一歩、二歩、三歩とバックする小和は――かぁああああっ。超高速の赤面技を見せてくれた。それからペタンと地面にへたり込んでしまう。

 まずはあの時のように成長するのだろうか?

 そう僕が思ったところで、小和の体に異変が起きる。

「あ、う、あ、ああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」

 天に向かって咆えるように絶叫する小和から、眩い白色の輝きが凄まじい勢いで放出されたのだ。

 だが、ただ成長しただけのあの時と違った。その輝きは白季神社の枠を越え、まるで山全体を真っ白に塗り潰すような勢いで広がったんだ。

 白色以外なにも見えなくなる。

 作業員たちは悲鳴を上げていたが、そんなことはどうでもよかった。

 小和の白光は長く、長く、とにかく長い時間続いた。

 どれだけ経っただろう? やがて視力を取り戻した僕はそっと目を開く。

「――ッ!?」

 そして、そこで見た光景に驚愕するのだった。


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