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許嫁は土地神さま。  作者: 夙多史
第一巻
35/39

五章 困ったときの神頼み(7)

 緋泉神社。

 緋泉市街地の北端に鎮座するそこは、『必勝』『厄除け』『恋愛』を司る神様がおわす神社として全国的に有名な場所だ。恋愛? とそこの神様に出会ったことのある僕は首を傾げなくもないが、実際、ここで願掛けをして恋が成就したという噂は後を絶たない。

 夏に開催される緋泉大祭には僕も毎年行ってたっけ。あ、浮気じゃないよ。ほら、神社とか関係なく祭りって楽しいじゃん。友達との付き合いもあるしね。

「成人殿、覚悟はできているでござるな?」

 入り口に聳える巨大な赤い鳥居の前で、信長さん(仮)が僕に確認してきた。

「当たり前だよ。でなきゃ、こんなところまで来ない」

 鳥居の向こうは綺麗に整備された林道が続いている。進んでいくと入口と同じ鳥居が五箇所、五十段ほどの石段が二箇所ある。その先に緋泉神社の立派な本殿が構えられていて、緋泉加耶奈御子はきっとそこにいるはずだ。

「行くよ」

 気を引き締め、意を決し、僕たちは最初の鳥居をくぐった。

 その瞬間、僕はなんとも言い難い違和感を覚えた。常温の部屋から急にサウナに入ったかのような空気の違い。いや熱気とかがあったわけじゃなく、空気の質が変わったというか……。


『そろそろ来る頃じゃろうと思うて待っておったぞ、人の子よ』


 良く言えば古風、悪く言えばジジ臭い女性の声が天から響いた。

「加耶奈様……?」

 僕は空を見上げてその姿を捜すが、明け方の白みの残った青空が広がっているだけで誰もいない。

『その場でわしを捜しても無駄じゃ。わしは本殿におるでな』

 まるで僕の行動が見えているように加耶奈様は語りかけてくる。

『この神社全体がわしの神域じゃぞ。お主らがなにをしようと手に取るようにわかるわい。無論、お主ら以外に人が入って来ぬようにもしておる』

 そういえば、他に人が見当たらない。いつもならイベント事がなくても参拝客で賑わっている神社なのに。

「ずいぶんと用意がいいね。本当に僕たちが来るってわかってたみたいだ」

『実際にわかっておったからのぅ。白季神社の取り壊しを知れば、お主らはまず間違いなくわしを訪ねて来るじゃろうとな。ただ、お主の横におるのは白季のじゃと思うておった』

 彩羽に憑依している守護霊――信長さんが一歩前に出る。そして吊り上った両目で天を仰ぐと、凛然とした表情で声を張った。

「拙者は小和姫の家来、信長と申す。現在は名を忘れ、偽りの名を名乗ることをお許しいただきたい」

『……なるほどのぅ、お主はその娘に憑いておる霊体じゃな』

 加耶奈様は一発で看破した。

「緋泉の神よ、一つ確認したい。貴殿は我が主を陥れるために白季神社の破壊を意図したのでござるか?」

「そうだ、僕もそこんところをはっきりさせたい」

 その点が明確になれば、次にどうすればいいのか決められる。

『気が早いのぅ。もっとゆっくり世間話でもする余裕があってもよかろうに』

 肩を竦めながら嘆息する加耶奈様の姿が脳裏を過った。

『まあよい。今回の件はわしのせいであり、白季ののせいでもある。逆にわしのせいでなければ、白季ののせいでもない』

 意味がわからない、と土地神の事情を知らなかった頃の僕は思っただろうね。

「加耶奈様の力が強くなり過ぎて、小和の力が弱くなり過ぎたってこと?」

『ほう、理解が早いな、人の子よ。その通りじゃ。わし自身はなにもしておらん。じゃが、わしの力が強まったことで土地が更なる繁栄に向かっておる。白季のはその変遷に巻き込まれただけに過ぎん』

 やっぱりそういうことだったか。でも最悪のパターンじゃなくてよかったよ。加耶奈様が黒幕だというパターンじゃなくて、ね。

 僕たちに敵がいるとすれば、それは人でも幽霊でも神様でもない。運命だ。

 運命なら変えられる。変えてみせる。そのためには加耶奈様の協力が必要だ。

「加耶奈様にとっても不本意なことなら、僕たちに力を貸してほしいんだけど」

『できぬ』

「そうか、よかっ……なんだって?」

 てっきり二つ返事でOKだと思ってたんだけど。

『土地の繁栄を不本意に思う土地神なぞおらぬわ。それに他の土地神の領地に直接干渉することは禁じられておるしのぅ。白季のがわしの属神となれば話は別じゃがな』

「そこをなんとか」

『できぬと教えたぞ、人の子よ。この件はわしの意思とは無関係なところで進んでおる。たとえわしが動いたとて無駄じゃ。どうにかしたければ、白季の自身でこの運命に抗うしかあるまい』

 加耶奈様は無情に吐き捨てる。小和自身で解決できるようなら、そもそもこんな状況にはなってないよ。加耶奈様だってそこはちゃんとわかっている。意地悪でできないと言ってるんじゃない、本当にできないからそう言ってるんだ。加耶奈様は嘘をつかないから。

 けど、だったらどうすればいいんだ? 加耶奈様になにもできないなら、僕がここに来た意味がないじゃないか。

 小和の無邪気な笑顔が脳内で再生される。恩神だからとか、許嫁だからとか関係ない。一人の女の子として僕は小和を助けたいんだ。

 考えろ、僕。ない知恵を絞り出して考えるんだ。きっとなにか手があるはず。ここで諦めるなんてしてたまるか!

『まあ、わしとて古き友を失いたくはない。じゃから属神となる道を薦めたのじゃが……あくまでそれを拒むと言うなら、一度だけ機会をやろうかの』

 救いの声が降ってきた。

「加耶奈様、それ本当?」

『初めに「待っておった」と言ったじゃろう、人の子よ。わしは端からそのつもりじゃったのじゃ。ただし、先も言うた通り、確実な手とはならんぞ。全ては白季のと、お主たち次第じゃ』

 僕と信長さんは顔を見合す。そして言葉を交わすまでもなく同時に頷き合った。

「それでいいよ。僕たちはなにをすればいいの?」

『よい顔つきじゃな。なに、言うだけであれば簡単なことじゃよ』

 満足そうな加耶奈様はそこで一呼吸置き、

『この神域内でわしの下まで辿り着いてみせよ。そしてわしに願をかけろ。人間の〈祈り〉に応えるのがわしら土地神の仕事じゃからな。限度もあるが、人間であれば力を貸しても問題にはならん』

 それだけ? と思ったが、たぶん違う。言うだけなら簡単ってことは、なにかあるね。

『じゃが、事情が事情じゃ。そう簡単には通さぬぞ。道中でお主らが力尽きれば、問答無用でこの神域から追い出し二度と入れることはない。そうなれば白季のの消滅は免れぬじゃろう』

 全ては僕たちにかかってるってことか。上等だ。加耶奈様がどんな妨害をしてくるかわからないけど、必ず辿り着いてみせる!

『わしは「必勝」の神じゃ。この力を授けるに値するかどうか、本殿にて見定めさせてもらうぞ』

 その言葉を最後に、天からの声は途絶えた。


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