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許嫁は土地神さま。  作者: 夙多史
第一巻
34/39

五章 困ったときの神頼み(6)

 明くる日の早朝、僕は小和を起こさないように一人静かに家を出た。

 目的地は言わずもがな、隣町最大の神社――緋泉神社だ。

 あの豪快で真っ直ぐな神様が今さら小和を陥れるために狡猾な手を使ってくるとは思えないけど、白季神社の取り壊しを知っていたというだけで話し合いの理由は充分だろう。加耶奈様にとっても不本意な事柄だとしたら力になってくれるかもしれないしね。

 小和は僕を救ってくれた。漫画的に言うと、今度は僕が小和を助ける番だ。そのためなら他の神様に頭を下げて頼み込むことだって厭わない。

 というか、僕はそれしか手がないと思っていた。白季神社の取り壊しは来週。それまでに状況を引っ繰り返せるほどの信仰を集められる可能性は限りなくゼロに近い。当然、人間的に署名運動をしたところで無駄に終わってしまうことは自明だ。

 そっちの方はまだ諦めてない小和に任せて、僕は僕が思いつく方法を試す。情けない言い方になるけど、どうしようもない状況で人間にできることって神頼みくらいなもんだ。

 僕は足を前に動かしながらそっと振り返った。百メートルほど先に我が家の屋根と、小和の部屋の窓が見える。

「待ってて小和。絶対に僕がなんとかするから」

 聞こえないと知りつつも小声で呟き、僕は再び前方を向いた。

 とそこに、誰かが立っていた。

「枦川成人殿で間違いないか?」

 凛とした響きの口調で僕の名前を呼んだのは、僕と同じ高校のセーラー服を着た少女だった。長く艶やかな黒髪をポニーテールに縛り、整った輪郭に収まる黒真珠の双眸がじっと僕を観察するように見詰めている。その手にはどこかで見たことのある竹刀袋を握っていた。

 一瞬、誰だかわからなかった。

「そうだけど……彩羽、だよね?」

 髪型がいつもと違うし、垂れ目がちだった目は吊り上ってるし、声は同じでも口調はまるで正反対の別人。でも、あのセーラー服がはち切れそうなほどのお胸様……そんな素晴らしい物をお持ちの女子生徒なんて僕が通う高校には他にいない。

 しかし、凛々しい彩羽は静かに首を横に振った。

「すまぬ。この体は彩羽殿で間違いないが、喋っている拙者は彩羽殿ではござらん」

 ……ホワイ?

 拙者? ござらん?

 彩羽、またなにか変な幽霊に取り憑かれてるんじゃ……。

「成人殿、まずは先日の非礼を詫びされてくれ。自我をほとんど失っていたとはいえ、突然襲いかかってしまい、本当に申し訳ござらん」

 心の底から申し訳なさそうに、彩羽は頭を深々と下げた。なんのことだかすぐには思い至らなかったが、人生で突然襲いかかられた経験など一度しかない。

「まさか、あの時の地縛霊?」

「左様にござる」

「あれ? でも、成仏したんじゃ……?」

 それにこんな『ござる』キャラだったっけ?

「小和姫のおかげで確かに拙者はあの屋敷から解放された。だが成仏などはせず、気づけばどういうわけか彩羽殿の守護霊となっていたのでござる」

 頭が痛くなりそうだった。が、よくよく考えれば思い当たる節はある。


『大丈夫だよ、なるくん。もう滅多に取り憑かれたりしないから』


 緋泉市のオールマイシティで彩羽が強気に言った言葉だ。あの時点では既に彩羽は自分の守護霊の存在を気づいてたってことになるよね。

 ……いや違う。もっと前だ。彩羽は日本屋敷に行った日に小和の正体を知った。地縛霊の記憶が残ってたんじゃなくて、地縛霊そのものが彩羽の中に残ってたんだ。

 宿主を守る、守護霊にクラスチェンジして。

「どうして、それならそうと彩羽は言ってくれなかったんだ」

「彩羽殿は成人殿に心配をかけたくなかったのでござるよ。守護霊とはいえ、拙者は憑き物でござるから」

 彩羽の心情を代弁する地縛霊、もとい守護霊。この感じからすると、彩羽とこの守護霊は感情を共有するほど深い部分で繋がっているんだろう。もしくは対話を実現しているとか。なんにしても守護霊だとわかれば別に心配なんてしないのにね。

「あっ、か、勘違いはしないでほしいでござる。今は無理を言って彩羽殿に体を変わってもらっているのであって、拙者が強引に乗っ取ったわけではござらんよ」

 守護霊は焦った様子で身振り手振りした。彩羽の体なだけに、なんか凄く可愛い。

 でも――

「なら、なんのために僕の前に出てきたのさ? 彩羽は君のことを隠したかったはずだよね?」

 警戒の色を示しながら問い詰めると、守護霊は表情を一層凛々しく、そして険しくし、


「小和姫をお救いするためにござる」


 まっすぐ僕を見詰めて、そう言った。

「そういえばあの時も小和のこと『姫』って言ってたけど、君は一体なんなの?」

「拙者は遥か昔、小和姫にお仕えしていた家来の一人にござる。あっ、生前の小和姫は土地神でなく人間で――」

「いいよ。その話はもう小和本人から聞いてる」

「そ、そうでござったか」

 国が攻め滅ぼされ、小和と共に落ち延びた家来の一人が彼女。いや彼かな? そこはあとで問い詰めるとして、とにかく気が遠くなるほどの長い時間をこの人はずっと小和を守り続けてきたんだ。即身仏となった小和をね。

 けど、小和は土地神になっていた。それを知ったのがあの時で、今度は土地神の小和を守るために守護霊になったんだと思う。神様には取り憑けなかったから、直前まで憑依していた彩羽の守護霊として。それだけこの人は小和のことを想ってくれているんだ。

「成人殿、お頼み申す! 小和姫を救うために緋泉の地に向かうのであれば、拙者も共に連れて行ってくだされ。必ずや成人殿の力となってみせよう!」

 急に低頭して丁寧に頼み込んできた守護霊を、僕は警戒心を解かないまま見据える。この人は本気だ。体は彩羽の物だから危ないことはさせたくないけど、ここで断れるほど僕も鬼じゃない。

「いいよ。一緒に行こう」

 微笑んで了承すると、ぱあぁと守護霊は彩羽の顔を輝かせた。それからなぜか握っていた竹刀袋から破魔刀を取り出し、僕に見せつけるように掲げる。

「かたじけない。必要とあらば、拙者は神殺しの汚名を着ても構わない覚悟でござるよ」

「そんな物騒なことしに行くつもりはないけどね! あと彩羽の体なんだから、無茶はしないでよ!」

「承知したでござる」

 大丈夫かなこの人。非常に心配になって来たよ。

 でも、もしも本当に物騒なことになってしまった時、この守護霊がいれば百人力だね。素人の僕が見てもあの剣技はプロなんてレベルじゃないってわかるし。頼りになるよ。

 さて、彩羽さんの守護霊の同行が決まったところで、一つ訊いておこうかな。

「ところで君の名前は? 彩羽とは流石に呼べないし」

「名前などとうの昔に忘れたでござる。だが呼び名がないのも不便でござるな。……よし、織田信長とでも呼んでくれ」

「第六天魔王!?」

 えー。やたら偉い人の名前が出てきましたよ。絶対本人じゃないだろうけど。

「えっと、信長さんは男なの? 女なの? もし男だったら早急に彩羽の体から出て行ってもらいたいんだけど」

「ふふっ。どうでござろうな」

 めっちゃシンプルにはぐらかされた。けど口元で指を立てて微笑む仕草とかがなんとなく女の人っぽく見えたのは、体が彩羽だからなのだろうか?


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