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許嫁は土地神さま。  作者: 夙多史
第一巻
26/39

四章 お出かけは大変だ(4)

「ふっふふ~ん♪」

 生キャラメルの他にも気に入ったキャラメルを五種類ほど詰めたレジ袋を手にした小和様は、歩きながら鼻歌が混じってしまうほどご満悦だった。ちょっぴり痛い出費になってしまったけど、小和の嬉しそうな顔を見ているとなんかどうでもよくなってくるね。

 彩羽にも焼肉キャラメルを買ってあげると、『一生大事にするね』と言われた。ワインみたいに何十年も寝かしてから食べる気かな? 味覚云々以前に食べ物じゃなくなってると思うよ。

 キャラメル専門店を後にしてからもいろいろな店を回った。


 生活雑貨店にて。

「小和ちゃん、お化粧品の試用コーナーがあるよ。私がお化粧してあげようか?」

「ふん、乳デカ女の手助けなど必要ない。化粧くらい自分でできる」

「うわっ、どうして三分でハリウッドに出演できそうなオバケメイクができるのさ」

「なっ、こ、これはこういうが、その、最近の流行りなのだ!」

 化粧品試用コーナーでは世間に疎い土地神様が的外れ過ぎる流行について語っていた。


 ゲームセンターにて。

「大変だ成人! キャラメルマンが箱の中に閉じ込められている!」

「クレーンゲームだよ。――ってなにその面白い名前のキャラクター?」

「平日の朝十時から教育テレビでやってるアニメだったと思うよ。えっと、悪い人たちをキャラメルマンが成敗するヒーロー物かな」

「よく知ってるね、彩羽。小和もそんなの見てたんだ」

「お前が学校に行っていて暇なのだ。だからいつも美味そうだなと思いながら見ている」

「逃げてキャラメルマン!?」

 そんなこんなで四角い顔にパッチリしたお目目のキャラメルマン人形を入手する羽目になり、お財布から二千円が旅立っていった。やたら難しい位置にあったのによく取れたと自分で自分を賞賛したいね。


 アニマル喫茶にて。

「ひゃあっ!? なんで私ばっかり寄ってくるの!?」

「す、凄い。猫も犬も関係なくまっしぐらだ。彩羽ってけっこう動物に好かれやすいよね」

「むぅ、なぜわたしには寄りつかないのだ」

「そのキャラメルマン人形が恐いんじゃないの?」

「なんだと? こんなに愛くるしくて美味しそうなのにか?」

「なるくん助けて! 猫さんが顔に引っついてあうっ!? つ、爪立てないでぇ~」

 店内で放し飼いにしている仔犬や仔猫を彩羽が独占してしまった。動物に異常に懐かれ易いのは幽霊だけじゃなかったみたいだね。

 他のお客さん、なんというかその、ごめんなさい。


 そうして少し遅めの昼食をアニマル喫茶で摂った僕らは、再び目的を持たず目についた店を冷やかし回っていた。

 今に始まったことじゃないけど、銀髪碧眼の小和と黒髪巨乳の彩羽はただでさえ目立つ。擦れ違う人々が男女関係なく振り返ってしまうんだから相当なもんだ。美少女二人には羨望の眼差しが、僕には主に男どもから殺意に似た視線が突き刺さって落ち着けないよ。

 でもまあ、優越感が皆無と言えば嘘になるかな。

「ねえ、なるくん、次はあの店に寄ってもいいかな?」

 注目を浴びていることに気づいてない彩羽が斜め前方を指差した。その先にあったのは全体的にピンク色な雰囲気のオシャレな――ぶはっ! ら、ランジェリーショップだと!

「い、いいよいいよ。なにか欲しいものがあるんだよね?」

「うん、最近ちょっと、サイズが合わなくなっちゃって」

 胸元に手を添える彩羽は恥ずかしいのかほんのり頬を桃色に染めていた。な、なんだと? あんなにたゆんたゆんなのにまだ成長しているのか! 先生、これが人体の神秘なんですね。

「小和ちゃんも新しい下着とか欲しかったりするよね?」

「下着か。成人の母が大量に用意してくれたから特に困ってはいない」

「そっか、小和ちゃんにはまだ必要ないもんね」

「ど、どういう意味だ乳デカ女! 支えが必要なほど無駄に脂肪をつけてるだけのくせに偉そうだぞ」

「え? 小和、ノーブラなの?」

「変態的視線を向けるな蹴り倒すぞ成人!」

 マジっすか、マジっすか小和様。全くのマナイタってわけじゃないのにつけてないなんて、僕に鼻血を出せと言外に言ってるとしか思えないね。

 ゴクリと生唾を飲んでランジェリーショップに視線をやる。あの扉の先には夢の世界が広がっているんだ。けど、こいつぁはなかなか手強い。なんせ男の僕にしか見えない拒絶の結界が幾重にも張られているからね。たとえ『男性入店お断り』の注意書きがなくても一人だったら近づくことすら叶わないだろう。

 だけど今は違う。女の子二人と一緒だから堂々と中に入ることができるんですよ先生。

「あ、なるくんは、その、外で待っててほしいかな。えっと、恥ずかしいし」

「アハハハ、そうだよね、アハハハハ」

 ……神よ、どうして我をお見捨てになられたのですか。

「成人、入ってきたら祟るからな」

 一応その神様の一柱にカウントされる小和に釘を刺され、僕は一人寂しく店の前で待機することとなった。

 そのまま一分、五分、十分と時間だけが経過していく。

「うーむ、ただ待ってるのも暇だなぁ」

 往来する人々を観察することにも飽きてきた。今ごろ店の中では小和と彩羽が下着のつけ合いっこでもしてるんだろうか。『小和ちゃんは小さいからこれなんてどうかな?』『お前のは鳥の巣にでも使えそうだな』とかそんな感じの遣り取りしてたりしてね。ムヘヘ。

「やだ、あの人まだいるわ」「変態よ、変態」「気持ち悪い」「近づいちゃダメよ」「警備員さん呼んだ方がいいかも」

 気のせいかな? ランジェリーショップの前で棒立ちする僕に白い視線を向ける女性が増えているような……。

「待たせたな、成人」

 と、店の自動ドアが開いて小和だけが出てきた。

「あれ? 小和一人? 彩羽は?」

「まだ選んでいる。あの様子だともう少しかかりそうだぞ」

「じゃあなんで小和だけ出てきたの? なにか買ったってわけじゃなさそうだけど」

「うん、なんか……虚しくなってな」

 小和は自分の控え目な胸を見詰めて小さく溜息をついた。ああ、なるほど、彩羽の爆弾を見て戦意喪失しちゃったんだね。

「ふん、あんな乳牛は放っておいてあっちの方に行ってみるぞ、成人。美味そうな匂いがする」

「いやいやいや、さっきお昼ご飯食べたばっかりじゃないか。太っても知らないよ?」

「寧ろ太りたいわ! 早く神気を回復して、ないすばでーになって、あいつを見返してやるんだ!」

「私怨しか見当たらないよ神様!?」

 小和様はなんかヤケクソだった。ヤケクソ過ぎて前方不注意状態のままずかずか前に進んでいくもんだから――ほら、通行人とぶつかった。

「きゃん!?」

 ぶつかった相手は背の高い女の人で、体の小さい小和の方が尻餅をついてしまう。

「お、お前、ちゃんと前を見て歩け! 祟るぞ!」

「いや今のは明らかに小和の方が悪いから。――すみません、うちの子がご迷惑を」

 常識人の僕が丁寧に頭を下げると、ぶつかった女性は「カカッ」と快活に笑った。

「なるほどのぅ、神気が足りとらんのか。どうりで弱々しい力じゃと思うたわ」

「えっ?」

 やたらジジ臭い口調の声が放たれたので頭を上げると、女性がどこか獰猛な笑みを整った顔に貼りつけて小和を見下していた。

 真っ赤な長髪は炎の揺らめきのごとくところどころ跳ねた癖っ毛で、同色の瞳は強固な意思の煌めきをギラつかせている。着ているTシャツとジーパンはスレンダーな体のラインを見せつけるようにビッチリしていて、おヘソの辺りがはっきりと見えて僕を含めた男性の目を掴んで放さない。ヘソだしルック、恐るべし。

 だがそれよりも注目すべきは見事なクビレとその上方に実った豊満なバストだ。ボンキュッボンって言葉を擬人化したらきっとこうなるに違いない。

「久しいのぅ、白季の。明治以来か? しばらく見ぬ間に小そうなったのぅ」

「……お前、人間ではないな」

 尻餅をついたまま小和が唸る。

「なんじゃ、まだ気づいとらんのか」

 赤毛の美女はやれやれと呆れたように肩を竦める。


「わしじゃ、緋泉加耶奈御子ひせんかやなのみこじゃ。まさかお隣さんの顔を忘れたわけではなかろう?」


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