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許嫁は土地神さま。  作者: 夙多史
第一巻
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二章 憑かれに憑かれて(5)

 学校の敷地の片隅に、三階建ての木造校舎がポツンと置物がごとく鎮座している。僕はそこの一階の端に位置する教室へと連行された(携帯は移動中に返したよ)。

 この校舎は通称『物置棟』と呼ばれていて、主に工学部の資材置き場となっている。かなり古い建物だからいつ解体屋さんがやって来てもおかしくないね。どんだけ古いかと言えば……床とかギシギシ鳴って歩いていると抜けそうだ。

 この建物を見てお化け屋敷を連想しない人は少ないと思うね。そのせいか時間帯に問わず用がなければ滅多に人がくることのない無人地帯と化している。どこかのホームレスが住み着いていても誰も気づかないんじゃないかな。

 さて、余談はこのくらいにして現状に戻ろうか。

「あのう、彩羽さん、なにをするにしても先に訊いておきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「うん、いいよ。なるくんにならスリーサイズを教えてもいいよ」

「なんだって!? なら上から――って違います! そうじゃないんです!」

 まったく彩羽は質疑誘導術がお上手だね。危なく引っかかって脱線するところだったよ。スリーサイズは後で訊くとして、それよりも僕の身に起こっている大事を問わなければならない。

「どうして僕は今、椅子に縛りつけられているのでしょうか?」

 この校舎にあったものかな? 朽ちかけた縄はうまくいけば強引に千切ることもできそうだ。けれど動くとあちこちに食い込んで割と痛い。女の子に縛られるって変な気分になっちゃうよね。

「大丈夫だよ、なるくん。私に任せて」

 波乱の幕開けが到来しそうなフラグを口にし、彩羽は鞄から怪しげで分厚い本を取り出した。黒い表紙カバーに魔術の記号みたいな文字が羅列されてあるちょっと不気味な本だ。

「えーと、その本はなんですか?」

 角で殴られるのか? それとも悪魔召喚の贄にでもされてしまうのか? どっちも嫌だけどできれば前者で許してください神様仏様ついでに小和様。

「これはね、『チンパンジーでもできる除霊術初級編』だよ。通販で千五百円だったの」

 どうしよう、急に胡散臭さがプンプンしてきたよ。

「また変な物に無駄なお金使ったの? いい加減にやめなよ。そういうのはデタラメばかりで効き目なんて全然ないんだからさ」

 彩羽は自分でも霊媒体質をどうにかしようと除霊術を学んでいる。もちろん独学だ。一生懸命に努力するのは素晴らしいことなんだけど、その方法が根本的に間違っている。あの本や破魔刀然り、怪しい通販サイトから購入した道具にばかり頼っているんだ。

「そ、そんなことないもん! 今度こそ成功するんだから。その証明に、今からなるくんに憑いてる悪い物を祓ってあげる!」

「……はい?」

 彩羽自身じゃなくて、なんで僕?

「ちょっと待ってよ。僕が悪霊に憑かれてるだって?」

「そう。だって、そうでもなければおかしいもん。なるくんに許嫁なんていない。聞いたことがない。だから、なるくんはあの悪霊の女の子に騙されてるだけ」

「え? 彩羽は小和が人間じゃないってわかるの?」

 彩羽は霊媒体質なだけで幽霊を見たり感じたりできるわけではない。もしできるならいきなり憑依されたりしないだろうから。

 僕の懸念を裏づけるように、彩羽は「ううん」と首を横に振った。

「でも、あの子が人間だとしてもきっと被害者よ。だったら救ってあげなくちゃ」

『チンパンジーでもできる除霊術初級編』のページを捲る彩羽の顔はどこまでも真剣だった。小和は確かに人間じゃないよ。でも土地神様なんですよ。一応。

 休み時間に彩羽がいなかったのは除霊術の準備をするためだったようだ。これはなかなか面倒臭いことになってきたぞ。

「じゃあ、始めるよ」

 彩羽の勘違いというか思い込みをどうすれば正せるか考え込んでいる間に、チンパンジーさんでもできるらしい除霊術が進行していく。

 まず、清めのお塩で僕を中心に複雑な魔法陣が描かれた。既にチンパンジーさんは挫折している気がする。

 次に彩羽は二本のバナナが取りつけられたハチマキを巻いた。鬼の角みたいに見えるが、アレになんの意味があるのか微塵もわからない。チンパンジーさんはそのバナナ食べてると思うよ。

 さらに彩羽は教室の四隅に置かれた蝋燭にマッチで火をつけて回った。チンパンジーさんは火を扱えるほど動物的に進化してないんじゃないかな?

 どうやらそれで前準備は終わりのようで、戻ってきた彩羽は僕と対峙するような位置に立った。ババナだけが滑稽に思えるのは気のせいではないはず。

 すぅーっはぁー。彩羽は心を落ち着けるように大きく深呼吸すると、静かに瞑目し、

「我、神聖なる儀を持って、汝の身を蝕みし邪なる魂を祓い落さん」

 とても厨二っぽくてそれらしい呪文を唱えた。

「……」

「……」

「……なにも起こらないね」

「……うん」

 ぺたんとその場にへたり込む彩羽に僕はなんて言葉をかければいいのだろうか。そもそも悪霊になど取り憑かれていないのだから、なにか起こるわけもないんだけどね。

「あ、待ってなるくん! なにも起こらない時は魔力が足りないからって書いてある!」

「それ絶対テキトーだよ! チンパンジーどころか人間にもできない除霊術だよ!」

 この世に神様や幽霊がいるなら魔法使いがいたって驚きはしないけれど、少なくとも僕らは違う。平々凡々な一般人だ。片や神様の不思議パワーで生を得ている男子高校生。片や極度の霊媒体質を持った女子高校生。うん、全然普通じゃなかった。

「えっと、術者の魔力を増強するには、ワカメを……あっ」

 文章を朗読していた彩羽が、突然糸が切れたようにかくんと俯いた。えっ? ワカメをなに? 僕らのワカメちゃんをどうするつもり? 凄い気になるんですけども!

 ――ってそんなこと気にしている状況じゃないぞ僕!

「彩羽、まさかまた……?」

 間違いない。あの脱力して痙攣する姿は憑依された幽霊に身体の主導権を握られる予兆だ。こうなってしまっては僕の声は届かない。

 彩羽の顔が持ち上がる。――来る!


「わんわん!」


 ……。

 なんか、わんわん言い出した。そのまま四つん這いになった彩羽は、おしりをフリフリしながら赤ちゃんのような無垢な瞳で僕を見詰めてくる。

「犬……の幽霊?」

 今の僕は両目が豆粒みたく点になっているだろうね。これはレアなケースだぞ。割合で言えば朝のようなそれらしい憑かれ方が九割。こういう一見モノマネしているとしか思えない憑かれ方は、まだなって新しい幽霊によるもの――と彩羽のお母さんに昔教わった。

「わんわん! くぅ~ん」

 甘ったるく鳴いた彩羽が僕に這い寄ってくる。鼻をすんすんさせて、瞳をキラキラさせて……か、可愛い。しかも四つん這いになってるもんだから、セーラー服の胸元が弛んで開いてビバ・グランドキャニオン! 極めつけはちらりと覗くレースの赤い下着。彩羽さん、情熱の赤ですか。

「いや待って、僕動けないんですけど!」

 そういえば椅子に縛られているんだった。なんたる不覚。早く彩羽を正気づけてあげないといけないのに。可愛いからもっと観ていたいって気持ちは、ちょっとだけあるよ。

「わん!」

「うわっ!?」

 飛びついてきたワン公・彩羽さんに僕は椅子ごと押し倒された。そのはずみで縄が切れたラッキー、と思っている余裕はなかった。

 彩羽が僕に覆い被さって首筋に鼻を押しつけてきたんだ。てかあたってるよ! たゆんたゆんなお胸様が僕のお腹にビッグバン・クラッシュ! ……ハナヂガデマス。

 くんかくんか。くんかくんか。

 彩羽はしきりに僕の匂いを嗅いでいる。美味しそうな香りでもするのだろうか。

「くぅ~ん」

 くんかくんかをやめて至近距離で僕をじっと見詰める彩羽。甘い吐息が顔にかかっていけない気分になってきた。こいつぁやばい。頑張るんだ僕の理性! 負けるな僕の良心!

 ――ぺろぺろ。

「うっひゃあぁあっ!?」

 耳を嘗められた。くすぐったくて思わず変な声が出ちゃったよ。天国のパパン、ママン、もうゴールしてもいいよね……?

『生きてるよっ!?』と幻聴が聞こえるくらい僕の精神は壊れかけていた。と、その時――


「な、ななななにやっとるんじゃお前らぁあっ!?」


 教室のオンボロ扉を蹴り破って、白銀のサラサラ髪をした背の低い美少女が血相を変えて飛び込んできた。


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