トラップ1
そして2週間がたった。正儀はキャプタルサービスで仕事をしていた。だが、新田と立野とバーボンを酌み交わしてからどうも様子がおかしい。なにがおかしいかというと誰かに後をつけまわされている感じがするのである。それは電車に乗ってもバスに乗っても感じるし、歩いていても遠くから俺に聞こえるように話し声がしているのである。そこで俺は何度も振り返った。だけどそのような人物はいつも見当たらなかった。さらに寝つきが悪くなっていた。普段は布団に入ったら5分か10分で眠れるのに、1時間とか2時間も眠れない日が続いていた。結局3,4時間しか眠れない。そして睡眠不足になり仕事に集中できなくなってきているのであった。自分の躰になにか異変が感じられる。いままで1日や2日徹夜したことがあるがこんな経験をしたことがない。いつも自分の意思通り躰が反応していた。逆境に強いはずの肉体がもろく軋みはじめているのであった。加えてとても疲れやすくなっている。ましてやキャプタルガイドは数字と番組タイトル中心であり、文章を読むという作業でないため、単なる照らし合わせだけだから間違いを見過ごしやすい。特に校正という作業は集中力がすべてである。いまの状態ではミスを連発するであろう。正儀は思い切って白石に少し休みをもらおうかと考えていた。どっちみちいまの状態では望みどおりの編集作業なんてできやしない。
「白石さん2,3日休みをもらえませんか」と正儀がいうと白石は、
「どうした躰の具合でも悪いのか」の返答に正儀は、
「はい、最近よく眠れないのです。情報提供者に送る原稿の校正が思うようにできません。このままだと中途半端な仕事しかできませんし、いい機会だから一度精密検査をしようかと思っているんです」すると白石は、
「いま仕事を抜けられたらちょっと困るな。校正が終わる今週末まで何とか頑張ってくれねぇか。そしたらすこし手があくから」
「はい、わかりました。やれるだけやってみます」と正儀は答えた。
その夜、正儀は事態が一変した。それはまったく眠れなくなってしまったからだ。なにか巨大な敵がいまにも牙をむきそうな予感がしていた。なぜそういうふうに考えるのかというと、最初は遠くからしか聞こえていなかった話し声が、いまは自分の頭の中で聞こえている。聞きたくないと耳を塞いでもその声は鮮明に聞こえる。この声は聴覚を超えているのだ。人間に耳以外で音を聞き分けられる器官があるだろうか。しかもその声は大きいのに他の人間にはまったく聞こえないのである。この状況を精神科の医者にいってもきっと相手にされないだろう。正儀は仕方なく会社を1日休む決心をしていた。