シークレット5
「そうです、僕もシングルならある程度わかりますが、アルバムの楽曲までは目がいきとどきません。そのときはとても驚きました。あのキャンディーズにそんな曲をうたわせるディレクターや作詞家がいたなんて。だから『ミッドナイトランナー』に変更したのです。まあ、同じタイトルの曲はたくさんありますが、当時のディレクターはキャンディーズに引っかかったようで……。世の中は日本といえども広い、素晴らしい才能をもった人がいるのだ、と改めてわかりました」
「僕もそういう経験がありますよ。でもそのディレクターはよくキャンディーズを抑えていましたね。見習わなければいけないな」
「プロダクションの制作部とかレコード会社のディレクターなんて調べものが多くて大変ですよね。つねに一歩先を行かなければならないから」
「僕はこの業界に入ってまだ2年ですが、一歩先なんてまったく見えません。行き当たりばったりのことが多くて、対処するのに四苦八苦です」
「はは、2年続けられたらかなりの大物ですよ。僕はヒット作品が出せなくてクビになったディレクターを何人も見ていますから。ところで新曲のキャンペーンの件ですが僕のほうから井上社長に話しますか、それとも堀田さんのほうからお話になります」
「入江のマネージャーとも話をしてから社長に伝えたいので2,3日いただきたい」
「わかりました。プレゼン用の資料はもちろん私のほうで近日中に用意します。キャンペーンの概要も2,3日あればかなり詰められると思います」
「そうしていただけるとありがたい。入江のためにも頑張りましょう」
「じゃ、このへんで僕は失礼します」
外に出るとさわやかな春風が吹いていた。正儀は今後最も大事なことは当選者の選び方だと考えていた。最初彼は良子宛てのラブレターを書いてもらい、その中から優秀なものを選べたらいいなと考えていたが、無理なことはわかっていた。発売まであと3か月しかないからだ。間違いなく厳正な抽選になるだろう。この企画で天国と地獄を味わう人が必ずいるはずだ。だけど、勇気をもつことの大切さをひとりでも多くの男性に経験してほしい、と正儀は願がっていた。日本中がこの話題で沸くことを期待しながら……。