シークレット4
丸山の目が曇った。そういえば酒の席で井上社長に自分のペンネームを話してしまったことがある。できれば誰にもこの由来を話したくないと丸山自身は思っていた。とにかく信じられないくらいダサいのだ。発想があまりにも安直でこの世から抹殺しなければならない、と真剣に考えていた。だが10代のころに思い描いた夢を捨てるようで、正儀はどうしてもこのペンネームを捨てることができなかった。そして力のない声でぽつりといった。
「いまどきあんなペンネームを使う人がいないからです」
「本当にそれだけですか、そうとは思えないな」
「ジョージでは偉大な人が多すぎて……」
「じゃあ、g.j.はなんの略ですか」
「ジージョじゃいいにくい人もいるだろうから後でゴロを合わせたのです。ジージェイなら覚えやすいでしょう」
「本当ですか、僕は納得がいかないな」
「深い意味なんてありません」
「わかりました、じゃあ『ミッドナイトランナー』はデビュー作ですか」
「作詞家としてデビューしたのは『ミッドナイトランナー』ですが、その前に2作品の作詞を手がけました。ただし採用はされませんでしたが」
「でもあの曲は本田恭介のイメージにぴったりですよね。夜、高速、雨、疾駆そしてハーレーダビィットソン」
「ロックンロールでしたし、メロディーも音符の少ないシンプルなものだったから、作詞家と呼ばれる人ならだれでもあれぐらいの作詞はできますよ」
「そうかな、信じられないな」
「それにあのタイトルは第一志望じゃない」
「じゃあ、タイトルが他の楽曲と同じだった」
「そうです、僕は自信をもって『ミッドナイトハイウェイ』にタイトルを決めてレコード会社のディレクターのところへ原稿をもって行った。そしたらいきなり怒鳴られました。おまえは本田恭介をキャンディーズの二番煎じにするつもりかと」
「キャンディーズってあの『年下の男の子』の。彼女たちが『ミッドナイトハイウェイ』をすでにうたっていたんですね」