シークレット1
正儀はつぎの日会社を休んで自宅にいた。
「ドンミュージックですか。社長の佐川さんはいらっしゃいますか。あっ、おはようございます、丸山です。今度会社が変わりまして、しばらく音楽雑誌から離れることになりました。新しい会社でジャンルの違う雑誌を作ることになったんです。それでといっちゃなんですが、おたくのアーティストで花を題材にした新曲を出す予定の歌手はいませんか。おもしろい企画があるのですが……。全然そんな話はない、わかりました。なにかおもしろい話がありましたら声をかけてください、よろしくお願いします」
こんな電話FMクリエイトでできるわけねぇよな。世話になった会社に連絡しとかないと。きょう一日電話で終わっちまうな。まあいいや、だけど千優は本当に心配だな。このままじゃますますかたくなになる。ふたりの仲を壊そうとは思わないが、視野が狭すぎるし、あとで後悔だけはさせたくない。よしここはひとつアプローチしてみるか、乗りかかった船だ。
「ファーストプロダクションですか。社長の井上さんはいらっしゃいますか。おはようございます、丸山です。今度会社が変わったんですよ。おたくのアイドル歌手の入江良子新曲そろそろ出さないんですか。えっ3か月後に出す予定。仮タイトルが『赤いバラのエチュード』。ちょうどおもしろいアイディアがあるんですよ、いまからお伺いしてもいいですか。じゃあ1時間後に」
「おはようございます、井上社長。おひさいぶりです」
「3か月ぐらい顔を見てなかったな」
「ちょっと仕事に行き詰ったものですから」
「ニュースフェイスの記者を突然辞めていたからびっくりしたよ」
「会社に不満はなかったのですが、僕はニュース向きの性格ではないとつくづく感じたものですから」
「君の才能は僕もよく知っているからな、ニュース記事ばかりを書いて満足するとは到底思えない。辞めた理由もそんなところだろう」
「はい、おっしゃられるとおりです。思考の介在しない文章を書くことに耐えられなくなったというのが本音です」
「5W1Hは文章の基本ではないのかね」
「確かにそうですが、それは文章の勉強をしている人には当てはまりますが、ある程度経験のある人間とっては苦痛でしかありません。数学の基本問題ばかりやっているのと同じで応用問題ができないなら進歩がありませんし、実力もつきません」