転移
世は大VRMMO時代。
数多のVRMMOゲームが生み出され、そして消えていく。そんな無限に続くような創造と消滅の連鎖の中でなお、いわゆるゲーマーと呼ばれる者達にニッチに愛されるVRMMOゲームがあった。
アルカディア・オンライン。
いわゆる異世界を題材としたファンタジーアクションRPGであり、プレイヤーはその世界で冒険者となり、数多のモンスターやクエストをクリアしていくと言う、一見すれば山のように積み上がった数多のゲームの中の一つになっていそうなありきたいなゲームの一つであり、事実正規のストーリーにおいてはそこらにあるゲームとそう大差はないだろう。
しかしそんなストーリーを攻略した後、まるで被っていた笑顔の仮面を取り払うかのように、プレイヤーに対し、鬼畜としか称せないような難易度のエンドコンテンツが解放される。
その中でもいわゆるレイドボスと呼ばれる強大なボスモンスターは、正規のストーリーで出てきたボスモンスターが可愛く見える程の強さを持ち、その中でも二つ名を持つレイドボスは最上位プレイヤー以外は匙を投げる程の極悪な難易度を誇っていた。
その中の一体。
”十なる天を統べし”アルティミアという名を持つ竜と人が混然一体となったようなレイドボス。可愛らしい幼い少女の姿でありながら、不釣り合いな豊満な胸を持ち、しかもそんな姿でゴリゴリに近接戦を仕掛けてくる姿から「いろんな意味でモンスター」などと揶揄されるレイドボスである。
「くっ!」
そしてそんなレイドボスに愚かにも一人で挑むプレイヤーの男。少女の姿からは考えられないようなパワーとスピードで振るわれる拳をなんとか剣で弾き返すも、一泊の後にさらなる拳が降り掛かってくる。
雨どころか流星のように重たく降り注ぐ拳に防戦一方としか言えない状況。それでもその男の目は死んでいなかった。
「ここだっ!」
無数に降り注ぐ拳の一つをスキルで弾く。タイミングは完璧。最上位プレイヤーの面目躍如と言わんばかりの技量でもってアルティミアに明確な隙を作り、そこに数々のスキルで強化した剣を叩きこみ――。
ぽよん。
「へっ?」
しかしアルティミはその人外の反射神経を用い、寸での所で剣の一撃を躱す。その時、僅かにその剣先がその豊満としか言いようのない胸に当たって跳ねる。
一瞬の隙。
あっけにとられた男にアルティミアは容赦なく拳の連撃を叩きこんでいき、男は断末魔の悲鳴すら上げられず、その体は無数のポリゴンと化して世界へと散っていった。
「………」
アルティミアは少しの間じっとその場で佇み、しばらくして自身のフィールドに他のプレイヤーが居ないことを確認すると、元の定位置である玉座へと踵を返して歩いていく。
「?」
しかしその道中。
たった数十メートル先の玉座との間に奇妙なものがあることを認識する。それは空間の歪みとも呼べるような小石サイズのテレビに映る砂嵐。
アルティミアは一瞬の逡巡の後に手を伸ばし――。
まるで元から居なかったかのようにその存在が掻き消えたのである。
鳥の囀る音が聞こえてくる。
陽の光に照らされて青々と輝く木の葉が、そよ風に揺れて耳心地の良い音を奏でる。何とも穏やかな空気に包まれた森の一角。百メートルはあろうかと言う巨木の洞でアルティミアは寝ていた。
「うあっ?」
アルティミは木の隙間を縫って僅かに降り注ぐ陽の光に煩わし気に目を覚ますと、きょろきょろと周りを見渡し、不思議そうに首をかしげる。
「いや、何処だ此処?」
元々居た巨大な城の影は一切なく、青々とした森が何処までも広がっている。
「私はあの冒険者を倒してうぅん………あっ! そうだ、あのよくわかんなのに触れたんだ」
蛮勇なのか狂ってしまったのか稀にああやってたった一人で自身に挑んでくる哀れな冒険者を倒した後、自身の領域に突如として出現した謎の歪に触れたのがアルティミアの最後の記憶だった。
「いや、気づいたら森の中って意味が分からないぞ。城が何処にあるかもわからないし、うぅ………こんなことになるんだったら触らなきゃよかったぞ」
アルティミアは気になってどうしようもなかったとは言え、あの歪に不用意に触れてしまった後悔に頭を抱えていると、アルティミの前方の空間に穴が開いたかと思えば、そこから一体の竜が顔を覗かせのしのしと出てくる。
聖なるという表現が一番適切だろう。何処までも他の色を拒絶する純白の竜は、慰めるようにちろちろとアルティミアの顔を舐める。
「おぉ、アルビオンか!。慰めてくれるのかって………くすぐったいだろぉ。まったくお前は昔っから甘えんぼなんだからな」
「キュウっ! キュウっ!」
アルビオンと呼ばれた純白の竜は、アルティミアが生まれた頃から共に生きる家族のようなものであり、普段はアルティミアが展開する異界に居り、滅多に出てくること無い。
「なぁ、他の皆はどうしてる?」
「キュっキュウキュウ!」
「そっか、皆寝てるのか」
アルティミアはアルビオンとは別に、生まれた頃より共にいる9体の竜について聞くと、今起きているのはアルビオンだけで、他の竜は全員寝ていると言う。寂しくないとは言わないが、自然と起きてくるのを待った方が良いだろう。
「おぉ、じゃあ末っ子のお前が一番に起きたんだな。すごいぞっ!」
「キュっキュウ!」
アルティミアがそう褒めれば、えっへんと家わんばかりに鳴く。その姿がとても愛らしく、何とはなしにその頭を撫でれば、猫のような鳴き声を上げる。
「なぁ、アルビオン。私はこれからどうすれば良いと思う? 城もどっかにいっちゃったし、これからどうしたら良いかわからないんだ」
「キュウ?」
思わずそう吐露すれば返ってきたのは「いつものようにすれば良いんじゃない?」という言葉。アルティミアからすれば無責任なようで、無意識に望んでいたような言葉だった。
「いつものようにかぁ………」
アルティミアのこれまでを振り返り、一言で表すのならばそれは『戦い』だった。自身に徒党を組んで挑んでくる冒険者を殺し、偶に一人で挑んでくるような哀れな冒険者を殺し、そうして幾百幾千と繰り返した終わらない闘争。
アルティミアはそれこそが好きだった。竜の本能でも何でも良い。生まれた頃から闘いが好きで好きでたまらなかった。
あらゆる力を駆使し、あらゆる戦法を駆使し、剣を振るい、魔法を放ち、毒や罠といった絡め手で嵌めてこようとする。
そうしたあらゆる闘争が好きで、冒険者が繰り出してくる手練手管の全てを、己の持ちうる力でねじ伏せ勝利することこそ至高だった。
しかし城を失った今の自身に挑んでくる者は居ない。あの城に居た時は待っているだけで延々と挑む者が現れたというのに。
「どうすれば良いんだろうなぁ」
天を仰ぎ見るように顔を上げる。すると微かに草木とは違う、もっと自身が嗅ぎ慣れた、清廉とは程遠い臭いが遠くから通ってくる。
「火の臭いだ」
焼け焦げて灰となった臭い。それも木や草を燃やした臭いではなく、何か大勢の生き物が燃えて死んだことで生じた死の臭いが混ざった死火の臭い。
「キャハっ!」
なんだ答えはすぐに出たじゃないか。
アルティミアは思う。相手から挑まれる機会が無くなったのなら、こちらから挑みに行けば良いのであると。
「ありがとうな、アルビオン。お前のお蔭でようやく答えがみつかったぞ。いつもどおりだ。私はいつもどおり愚かでも、哀れでも、狂っていようとも、挑んでくる奴を倒すだけだっ!」
「キュウっ!」
「おぉ、お前もそう思うか。じゃあ、一緒に行くか」
アルティミアがそう言い、アルビオンの背に乗る。アルビオンは巨大な竜翼を羽ばたかせ、莫大な風圧を轟かせながら空へと飛翔する。
「どんな奴が待っているだろうなっ! 楽しみで楽しみでしかたないぞっ!」
アルティミアはまだ見ぬ挑戦者に笑みを浮かべる。向かうその先に熱くどこまでも沈むような闘争があらんことを夢見て。




