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いろんな人がいろんなところで

ぷんくん

掲載日:2026/04/04

異様に沸点の低い男。わたしは彼を「ぷんくん」と呼んでいた。

 

 どうして、そこまで嫌われているのかは、最後までよくわからなかった。


 いまでもわからない。そもそも話をしたこともあまりない。雑談のグループにいたことがあるかも知れない。


 その程度だ。


 同じクラブの同級生。仮に「ぷんくん」としておく。


 最初の違和感は、あの日だった。


 おにぎりの入った大きな容器を運んでいたとき。

 一人で持てる重さじゃない。横に長いプラスチックケースで、左右に持ち手がついている。わたしともう一人で、向かい合うようにしてそれぞれ持ち手を掴み、腕を伸ばしたまま、ぎこちなく歩いていた。


 重い、というより、ずっと同じ姿勢で支え続けるのがきつい。

 腕がじわじわと痺れてくる。指の感覚が少しずつ鈍くなっていく。


「一回、置こうか」


 小さく声をかけて、すぐそばにあった水のケースの上に、二人でタイミングを合わせて、そっと乗せた。

 ドン、と音を立てないように気をつけながら。


 すぐにまた持ち上げるつもりだった。

 あくまで仮置き。ほんの数秒、腕を休ませるためだけの。


 そのときだった。


「そこに置いたら邪魔になるだろ!考えろ!」


 空気を切るような声だった。


 振り返るまでもなく、ぷんくんだとわかる。

 声の大きさと語気の荒さが、場に対して明らかに過剰だった。


 周りで談笑していた他のクラブのグループも、一斉に口を閉じてこちらを見る。

 笑い声が、途中で切れたみたいに止まる。


 誰も動かない。

 わたしも、隣で持っていた子も、ケースに手をかけたまま固まった。


 言い返す言葉なんて、出てこない。

「すみません」と言うほどのことかも、正直わからない。


 でも、何か言わなければいけない気もして、口が半開きのまま止まる。


 その沈黙を破ったのは、別の子だった。


「こっちに置いたらいいよ」


 自然な声で、少し離れた別の水のケースを指した。

 その子が軽くケースの端を持ち上げるのを合図に、わたしたちはまた二人で息を合わせて、おにぎりの容器を持ち上げ、移動させた。


 腕に、さっきよりも重さが食い込む。

 でもそれよりも、視線のほうが気になった。


 ぷんくんは、動かない。

 ただ、こちらを見ているが、おおげさにため息をついた。


 正確には——わたしを見ている。


 二人で運んでいたのに。

 怒鳴りつけられたのも、視線を向けられたのも、わたしだ。


 そのことに気づいた人は、たぶん何人もいた。

 でも、誰も何も言わない。


「今の、ちょっとおかしくない?」

 そう口に出す人は、いなかった。


 空気が、そういう形に固まっていた。


 なんとなく、全員が気づいている。

 でも、それを言葉にした瞬間に、何か面倒なものが始まるのもわかっている。


 だから、触れない。


 そのまま、何事もなかったみたいに作業が再開される。

 笑い声も、少し遅れて戻ってくる。


 ただ、その音は、さっきよりもわずかに薄かった。




 次に決定的だと思ったのは、文化祭の模擬店のとき。


 綿菓子を買って、そのまま持って店に戻った。


 中に入った瞬間、声が飛んできた。


「そんなもの持って店に入るな!」


 店の中に、響き渡る声量だった。


 一瞬で、空気が冷える。


 場違いな怒鳴り声。たかが文化祭の模擬店だが、ぷんくんの言うことは正しいだろう。


 だが、その言い方は正しいか?


 お店にいた人もその時仕事していた人も、身内と言えば身内、ゆるい雰囲気だった。


 正論でいえばぷんくんは仕事のシフトだった。なのに隅で喋っていた。


 一気に店の雰囲気を凍らせて注意すること?



 そのとき、入口のほうが少しざわついた。


 下級生が四人、楽しそうに入ってくる。

 手には、それぞれ大きな綿菓子。


 ふわふわとした白やピンクが、店の中にふくらむ。


 私は、反射的にぷんくんのほうを見た。


 さっきと同じことを言うのか。

 それとも——。


 ぷんくんは、何も言わなかった。


 一瞬、視線を向けただけで、すぐに逸らす。

 注意する気配は、まるでない。


「先輩の後輩だからって、綿菓子おまけして貰いましたー」


 下級生の一人が、弾んだ声で言う。

 周りが「よかったね」と笑う。


 その空気に、誰も違和感を口にしない。


 でも、たぶん——


 何人かは、同じことを思っていた。


 さっきのは、何だったんだろう。


 わたしにだけ、言ったのか。

 それとも、たまたまなのか。


 たまたま、が続くと、人は気づく。


 でも、気づいても、確信にはしない。

 確信にしてしまうと、扱いに困るから。


 だから、みんな、少しだけ視線を泳がせて、

 すぐに何もなかった顔に戻る。


 わたしも、同じようにした。


 綿菓子を持ったまま、立ち尽くしながら、

「まあ、いいか」と思うふりをした。


 そうするしかない空気が、そこにあった。



 彼は小さな会社の跡取りだと話していた。


 わたしは、ときどき思っていた。わたしに権力があったら彼の会社をつぶしてやるって。


 残念ながら彼の会社はわたしが潰す前に潰れてしまった。






いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

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どうぞよろしくお願いいたします。



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