少しの差だったのにな
入学した頃は、私の方がほんの少し背が高かった。学年代表として入学の挨拶をしていた壬生悠月は男子にしては小柄で非力で、どこか大人びていた。入部した頃は、やっぱり同世代の男子と比べて背が低く幼く見えた。
私たちが所属していた部活動は少し厳しくて、入部して半年は道具に触れることすら許されない。一人、また一人と部活動を辞めていく中、彼はいつも先輩である私に声をかけてくれた。もちろん、彼は誰にでも優しく人当たりが良いことは知っている。彼が声をかけているのは「先輩」という立場であって、私個人ではないと分かっていた。そうして彼はいつしか同級生だけでなく部全体の中心になっていった。
「二年の悠月、知ってる? あの弓道部の主将をしているイケメン。」
「弓道部ってだけで格好いいし、頭もすごくいいんでしょう。」
そんな会話が耳に入る五月、私一人だけが残った地方の個人戦。主将としての意地を見せたかったが、悔しくも敗れてしまった。経験として介添えを頼んだ悠月は私より悔しそうに泣いていた。悠月は既に私よりも重たい弓を引いていて、新しい主将として部活を引っ張っていた。その頃には身長は負けてしまっていたと思う。
敗退という形で部活動を引退して、受験が本格的に始まった。慌ただしい日々の中で頭をよぎるのは、矢勢と悠月だった。おそらく恋をしていたのだろう。もっと早く気づいてもっと早く自覚して。そんなことばかり考えるようになった。
だが、早く気づけたとして何になる。力任せな弓しか引けなかった私に、悠月に見初められるほどの色気はない。いまさら後輩にどんな気持ちを寄せている。引退した身なのに図々しい。煮え切らない思いを抱えたまま結局、弦音の聞こえる教室で自習してしまう。
三年間を振り返れば、大したことはなかった。コロナの影響でろくに歌ったことのない校歌を歌い、卒業式を迎える。まだ受験を控えている子もいるので束の間の集いはすぐに終わってしまった。
後期受験を考えていない私は、暇を持て余し、もしかしたら悠月がいるかもしれないと弓道場に向かった。そこには妄想から出てきたように悠月が矢道で寝ていた。
「おい、風邪をひくぞ。」
また、愛想のない言葉をかけてしまう。
「え、なんで先輩が、 」
目を真っ赤にした悠月が、そこにいた。
「なんだお前、泣いてたのか? そんなに私の卒業が悲しかったのか? 」
「からかわないでください。ほんとに悲しいんです。先輩が引退した後もそうでしたけど、卒業となると今生の別れみたいじゃないですか。」
「何を。死ぬわけじゃないんだから。それに連絡ぐらいとれるだろ。」
「でも、 迷惑じゃないですか。こんな高校生から連絡されたら。」
起き上がった悠月が背を屈めて寄ってくる。
「いつの間にこんなにでかくなったんだ。」
つい思ったことが口からこぼれた。不意を突かれたのか、彼は目を丸くし、さらに顔を近づけてくる。久しぶりに間近で見る顔。丸かった頬が削れて、顎はすっと引き締まり、きっと眉も整えているのだろう。明らかに凛々しくなった後輩の目元には、はっきりと泣きはらした跡があった。
満足だ。きっと彼が泣いたのは「私」を思ってではないだろう。それでもいい。この場所で泣いてしまうほどの思い入れがあるのだから。一生懸命に何かを伝えようとして、「へ」の字に口を結んでいる後輩の顔に少しだけ笑って
「じゃあな、悠月。また会えたら。」
そういって思い出の詰まった場所に背を向けた。歩みだした先に彼がいなくともこの淡い思い出が私の支えになる。そうおもえた。




