『雪夜』 呪われた王太子の番候補Ωが巨大飛空艇の艦長αに溺愛されたりする話【地図にない空の国】番外編
こちらは【地図にない空の国】の宣伝用の番外編です。特に意味なく思い付きで書いたものです。本編はX指定されています。pixiv様等でも読めます。ご興味ある方はどうぞ。
「嘘……」
何もかもが、白く染まっている。
その平原を見て、フロラは声を上げた。
信じられない光景だった。
山も、丘も、畑も、木も、家の屋根も、全てが白い。
「何……? これ」
カネンシアは温暖な国だ。国土のほとんどは亜熱帯で雨が多く、昼が長い。
一つ目の大きな太陽は、世界を平等に照らすが、二つ目の小さな太陽は中央大陸を優位に照らすように天を巡る。それは、その太陽を作った創造主が中央大陸の者だったからだと、神話には語られていた。
そんな難しい話はともかくとして、カネンシアの夏は暑かった。それどころか、一年を通して温暖で、温度が氷点下になることは殆どない。
カネンシアに生まれた者は冬を知らずに一生を終える。
だから、フロラも例にもれず知らなかったのだ。
東大陸の端。とある国の首都。久しぶりの寄港で降り立った街はとても寒いところだった。東大陸は小さな太陽の影響が少ない。代わりに大地の下にあるこの惑星の核が持つ熱を使う技術が発達している。だから、寒いとは言っても作物は実るし、寒さに震えることもない。
ただ、夜はとても長い。
日が暮れると、家に引きこもって家族と共に団らんの時間を過ごすのがこの国の流儀だった。
だから、フロラはオスクと二人で、温泉に浸かって、美味しいものを食べて、まあ、色々あったのち、眠りについて、朝を迎えた。
少し肌寒さを感じて、フロラは目を覚ました。
目をこすりながら身体を起すと、一緒に眠りについたはずのオスクがいない。
「あれ?」
起こした肩から、掛けていた毛布が滑り落ちる。身体に纏っているのは下履きくらいだ。だから、オスクの体温がなくなって、肌寒さに目を覚ましてしまったのだと気付く。
寝台の横に脱ぎっぱなしになっていたオスクのシャツを肩に掛けて、フロラは立ち上がった。
「オスク?」
名前を呼んでも返事はない。
部屋を見回すと、夜明けにはまだ少しあるはずだったのに、帳の向こうが何故かとても明るかった。
「? 何かあった?」
部屋の中は酷く寒い。
けれど、フロラは気にせずに、窓にかかった帳を外した。
「え?」
そして、冒頭へと戻る。
「嘘……」
何もかもが、白く染まっている。
その平原を見て、フロラは声を上げた。
信じられない光景だった。
山も、丘も、畑も、木も、家の屋根も、全てが白い。
「何……? これ」
何が起こっているのか、フロラにはわからなかった。
一面の麦畑とか、花畑とか、紅葉は見たことがある。オスクはいろんな場所にフロラを連れて行ってくれた。
けれど、一面。とはいっても、こんなふうに何もかもが飲み込まれるような白い世界を見たことはない。
誘われるように窓に手をかけて、開く。
きい。と、小さな音がして、冷たい空気が頬を撫でた。
「うわあ」
言葉は出てこなかった。
ただ、馬鹿みたいに感嘆の声を上げる。
その声も、吸い込まれるように白い世界に消えた。何の音も聞こえない。白い静寂の世界。知らないうちに異世界に紛れ込んでしまったのだろうか。
だとしても、美しい光景だった。
「何やってんだ」
不意に、何かが肩を包み込んだ。
「オスク?」
首を巡らせて声のした方を見ると、背中から抱きしめるようにオスクが毛布を掛けてくれていた。その温かさで、外から入り込んでくる冷気が肌を刺すようだと気付く。
「窓なんて開けたら寒いだろ?」
ぎゅう。と、強くその腕に包まれると、いつもの甘い匂いがした。すごく。いい匂いだ。
「雪。初めて見たのか?」
フロラをぎゅっ。と、抱きしめたまま、オスクは耳元で言った。
「雪……? これが雪なの?」
本では読んだことがある。とても寒い時、空気の中に溶け込んだ水が凍って、雨のように降ってくるのだそうだ。でも、もちろん、見るのは初めてだった。
「ああ。寒かったから、降るかと思ってたけど……こんなになるとはな」
フロラの問いに答えるようにオスクがまた、耳元に囁く。吐息がかかって少し擽ったい。
「すごいね。綺麗」
擽ったさに首を竦めてから、その顔を見上げて言うと、オスクは頷く。
「それに……静かだ」
目を閉じて耳を澄ます。
もう、雪は止んでいて、天頂には月が出ていたけれど、その月の光が落ちる音まで聞こえてきそうな静寂だった。
「雪が音を吸収するらしい……や。この国の神話では、雪を降らす神が、妻である月の女神の美しさを愛でるために邪魔な音や色を消すんだって言われてる」
その神話はケートスの書庫にもある本に載っている。フロラも読んだことがあった。
「ふうん。随分と自分勝手な神様だな」
けれど、今知ったみたいなフリをして、フロラは言った。
そして、抱きしめてくれるオスクの胸に身体を摺り寄せる。
「まあな」
フロラのそんな仕草にふは。と、いつもの上機嫌な笑顔を浮かべて、オスクは抱きしめる腕に力を込めた。
「でも……わからんでもない」
そう言って、すり。と、オスクの額がフロラの肩に乗る。甘い、甘い匂いがする。どきり。と、鼓動が跳ねた。
「なんも。要らないんだよ」
低い声が鼓膜を擽る。ほんの数時間前、何も遮ることなく感じていた体温を思い出して、頬が熱くなる。
オスクの手が頬に触れた。
「わかるだろ?」
その手が促すままに、視線を上げると、黒い瞳がフロラを見ていた。夜の色だ。
フロラも思う。
確かに、何も要らない。
声に操られるようにフロラは頷いた。
他に何があったって、その黒い目しか見えないし、その低い声しか聞こえない。
だから、要らないんだ。
「わかればいい。こんなところにいたら、風邪ひくぞ」
そう言って、毛布に包んだまま、オスクはフロラを抱き上げた。細いとはいえ、フロラを片手で抱えあげたまま、窓を閉め、帳を下す。
「この雪だからな。明日は仕事は休みだ」
オスクの呟きが聞こえた。
「え?」
抱えあげられているから、その顔は見えない。
でも、きっと、いつもの悪戯っぽい顔をしていることだろう。
「まだ。夜だ」
それとも、フロラにしか見せない夜の顔だろうか。
雪が降る。
どんなに騒がしくなったとしても、きっと、雪が全ての音を包んで消してしまうだろう。
だから、もう少しだけ。
静かな夜の出来事だった。
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