88.近隣国の王子「と思われる」人物
アルバ王国は、サンバドル王国のほかに二つの国と接している。その一つから連絡があった。朝食の場でそんな話が出て、ふーんと聞き流す。必要な話ならもっと掘り下げてくるだろう。
今日の予定は剣術と牧場の柵の修理だった。ついでに草刈りも済ませるか。食べながら手順を考え、カトラリーを置いた。ベスも食べ終わったようだ。今日のベスの予定は、仕立て屋の訪問と礼儀作法の授業だったな。
「ああ、アリスは残れ」
父上の指示に「はい」と答え、一度立った席に座り直した。ベスは「お気の毒様」と唇だけで伝えて、さっさと出ていく。食堂に残ったのは、父上と私、カランデリア様だった。母上は仕立て屋のほうが重要らしい。
「王都の屋敷をバシリオが売ったのを知っているか?」
「はい、手はずを整えて追ってきたはずですね」
王都から一族が退去した日、執事のバシリオは手練れの数人とともに残った。しばらく連絡がなかったことから考えても、高額すぎて購入できる者がいなかったと想像がつく。だが彼はきちんと処理して、本邸に帰ってきた。
「売った相手は、キロス王国だ」
キロス王国は、ウルティアの領地とも接している。だが国交はほぼなかった。十数年前に、アルバ王国がキロス王国の領土を半分近く奪った戦争がある。水の豊かな穀倉地帯を失い、キロス王国の国力は一気に低下した。
アルバ王国が攻め込んだ理由は、キロス王国の王太子の妻に王女を押し込もうとして断られたこと。表向きは姫の面目のためと口にした。だが、娘を嫁がせて国を乗っ取ろうと計画し、暴かれて武力に訴えたのが現実だった。
「キロス王国との戦争に、我が一族は加わっていません」
「その通りだ、よく学んでおる」
父上は頷きながら、話を続けた。
「キロス王国の王子と思われる人物が、バシリオに分割での購入を持ち掛けた。お前なら、どう判断する?」
「分割の詳細を」
情報が足りない。そう指摘すると、壁際に控えていたバシリオが淡々と説明した。半金は申し出の翌日、明け渡したあと一年後に残金を支払う。その条件で契約したと言い切った。
バシリオの報告で「キロス王国の王子と思われる」人物の正体はわかっている。にもかかわらず断定しないのは、こちらが気づいて売った確信犯にされないためだ。あくまでも購入を申し出た人物に売ったら、あとで判明した形にしたい。だから現時点ではまだ「思われる」が必要なのだ。
アルバ王国に恨みを持っており、明らかに戦争の拠点にされる広大な敷地。王宮に近く、攻め込むのに最適な環境だ。喉元に刃を突きつけたも同然の状態を作り出した。報復は本気だろう。おそらく屋敷を買うための資金は、王家の国家予算に匹敵する。
ウルティアが契約を重視するのは知っており、だから安心して取引したのだろう。となれば、父上以外にカランデリア様が残っている現状にも、ヒントがあるのか。
やれやれ、試されるほうも楽ではない。




