83.泥沼に嵌ったが ***フリアン
ウルティア家の存在は、噂を耳にした。様々な国の歴史資料に顔を出すが、長く一つの国に留まらない。様々な分野に秀でた専門家や先駆者を輩出するが、どの国にも阿らない。まるで神々の申し子のようだと記されていたのは、百数十年前に滅びた王国が残した資料だった。
父からその話を聞いて、半分ほどは誇大された噂だろうと流した。だが、間違いない。長女ベアトリス殿も、その弟君のシルベストレ殿も傑物だ。男女の立場を入れ替え、獲物を弄ぶように貴族を追い詰めた。見惚れる鮮やかな手腕すら、全力ではない。
「セシリオ様は、これをご存じだったのですか?」
舐められた王家の言葉に、重さはない。そうしてしまった原因は、過去の王族と国王派のふがいない失態だった。先祖の汚名を雪ぐ意味でも、自分が! と意気込んで臨んだのに……何も役に立たなかった。それどころか巻き込んだ妹ビビアンが襲われる。
ぎりぎりで回避したが、一瞬で噂が走った。父の呆れ顔で理解する。
公爵令嬢であるビビアンが襲われた、その時点で詰んでいたのだ。盤をひっくり返すには、強引な手法と強さ、権力が必要だった。
国王派筆頭貴族のクルス公爵家の令嬢が、夜会で部屋に引きずり込まれる。これがどれほどマズい状態か。引き込まれたなら、護衛は何をしていた? 護衛がいないなら本人が誘ったのだろう。そうでなければ、無能な護衛しか雇えない。どちらに転んでも悪く言われる。
ビビアンが襲われた事実自体も同じだ。貴族令嬢が純潔を疑われる状況にあったことは、ビビアンとクルス公爵家の名誉を大きく損なった。衝撃的な最初の噂だけが広がり、その後の「無事だった」という事実は拡散されなかった。強烈な印象を持つ噂のみが独り歩きする。
王太子のセシリオ様が庇うたび、さらに「実は傷物なのでは?」などと勘繰られた。ビビアンが屋敷に閉じこもったのは、ある意味で自己防衛なのだろう。噂が消えるか、新たな噂で上書きされるまで、それ以上の燃焼材料を与えない。
我が家の立場が一つ弱くなり、派閥はさらに追い込まれた。この状況を打開するため、ウルティア一族の手を借りる方法を選ぶ。その選択は間違いではなかった。
貴族派と総称してきた連中が増長するのは、弱腰の王家のせい。断定されて反発するより、なるほどと思った。過去の失態の贖罪と貴族の爵位によるルールは、別に語られるべきだ。その部分を混在させたから、泥沼に嵌った。
ああ、彼や彼女がこの国の貴族であったなら……この国は別の道を歩いていたのだろうか。まだ遅くない。抗う術を見せてくれたベアトリス殿に報いるため、王太子殿下の側近として堂々と胸を張ろう。




