60.顔の傷は目立つだろうか
揺れが少ない馬車はウルティアからの迎えだ。事前に手配しておいてよかった、と胸を撫でおろした。送らせるのに、と不思議そうなセシリオには丁重に断った。ついでに次からの迎えも辞退する。王家の紋章が入った馬車は、一度で十分だった。
今後、作戦で王家の庇護を受けているように見せるとしても、ほかの方法を使う。到着するまでに消耗しては、本番に備えられないからな。抱っこして運んだルカは、馬車に乗るなり丸まった。膝で小さな寝息を立てている。
帰りの馬車内で、手鏡を覗き込んだ。化粧直し用に、貴族女性がよく持ち歩く小さな鏡だ。目の前に掲げて、にやりと笑ってみた。確かに悪い感じがするな。頬の傷のせいか? すりすりと指先で頬を撫でた。
女性の顔には不釣り合いな、目立つ傷痕がある。後悔はしていないが、貴族女性としては致命的だった。どんなに美しいドレスを纏っても、顔の傷が見える。顔立ちがはっきりしているため、派手な化粧で覆ってきた。
やはり見た人が気にするような傷は、覆い隠すべきだと思う。
「お兄様、気になる? 私は似合ってて好きだけど」
そういえば化粧で隠したとき、ベスは「もったいない」と嘆いたな。母上はそういった美醜は無頓着だし、父上は「よくやった」と褒めた。だが外部の人がみれば、やはり見苦しいだろうか。
ベスは先ほどの「鏡でも見たら?」の発言が、私を傷つけたと思ったのか。慰める言葉を探していた。表情の話であって、傷は別と分かっている。
「その傷ごと愛してくれる人がいればいいね」
きゃう! 膝の上で大人しくしていたルカが、突然鳴いた。そのまま飛びついて顔を舐めようとする。笑いながら抱き上げて好きにさせ、鏡を横に置いた。
「ルカはそのままがいいってさ」
「そうだな。ルカと結婚しようか」
きゃう! がうっ!! 大興奮で口の中を舐めまわそうとするルカを、ぐいと引き離した。
「お前はツノがあるんだから、注意しろ。刺さったら傷が増えるだろ」
ツノが刺さったら、愛犬に噛まれたも同然だぞ。刺客の攻撃からアルバ国王を守って、騎士として負った名誉の傷に比べると情けないだろう。言い聞かせたが、ルカはまったく気にしない。左の眦の下から口角近くまで、一直線に残る赤い傷に夢中だった。
ぺろぺろと舐めるルカを縦に抱き、ある程度好きにさせる。借りた鏡をベスに返し、そこから先は作戦会議となった。クルス公爵家主催の夜会で、どのような仕掛けがされるか。事前に対策するために、考えられる嫌がらせや妨害を挙げていく。
ドレスを汚す、毒、醜聞、ケガ、何らかの濡れ衣……。事前に噂を流す方法もあった。だが、ベスの正体がわからないうちは、流される噂の質も低い。どこの馬の骨だか、の類だろうか。あとは身持ちが悪い、実は犯罪者だったなんて噂も可能か。
指折り数えながら、ベスと打ち合わせた。対策も問題なさそうだ。ゆっくりと馬車が止まり、興奮が落ち着いたルカがすとんと座った。びしょ濡れの顔を拭ってから、ルカに頬ずりする。
フリル付きピンクの洋服で飾ったルカは、へらりと舌を出して嬉しそうに「きゃう」と鳴いた。




