57.遠回しの情報交換
ビビアン嬢は穏やかな印象の女性だった。落ち着いたと表現することも可能だ。年齢より 年上に見えるほど、余裕を感じた。
この人が追い詰められる? 想像できないな。首を傾げた私に、ビビアン嬢はやや低い声で切り出した。
「観察は終わりまして?」
「見惚れておりました。申し訳ございません」
不躾に見たことだけ謝る。ベスとの顔合わせを済ませ、用意されたお茶のカップに手をつけた。まず私が一口、頷くのを待ってベスへ手渡す。
「長子のアリス殿が毒見を?」
フリアンの呟きに、どう答えたものか。確かに長女だが、長男であるシルベストレが嫡子だ。母上のように婿を取る選択肢もあるが、自らが当主となるカランデリア様のパターンも可能だった。ウルティアで、男女の差はさほど深い意味を持たない。
「ベスは私より大切だからな」
妹であるから、とも取れる発言で逃げた。フリアンもセシリオも人間としては善良だ。だから知らないほうがいい。知ったためにうっかり口にして、我が一族を敵に回すことはないだろう。
「うちのお兄様も、このくらい頼りになれば……私もお役目を果たせましたのに」
はっきりと「兄が不甲斐ない」と示したビビアン嬢に、くすっと笑った。目の前の王太子と公爵令息よりよほど、目の前の令嬢のほうが謀に向いている。さりげなく、自分が囮になった作戦の失敗要因を伝えているのだ。
フリアンが何らかのミスをして、ビビアン嬢が追い落とされた。最初に聞いた話を鵜呑みにすると、痛い目を見るだろう。
「素敵な兄君ではありませんか」
心にもない世辞で、彼女に感謝を伝えた。こういうやり取りに殺伐とした印象を持つ者は多いが、この程度、まだまだ序の口だ。
「さきほど、リベジェス伯爵夫人にお会いしました」
情報を一つ提供する。お茶菓子を摘んだビビアン嬢の手が止まり、菓子を皿の上に置いた。だが口をつけない。
「そう……あの方は気まぐれなのよね」
きちんと情報を広めるかわからない。私の懸念と同じ感想を抱くビビアン嬢に、少々興味が湧いた。
きゃうっ! 膝の上のルカが、大きく伸びをする。顎を舐めようとしたので、やんわりと拒んだ。外ではダメだ。指でダメを伝える。スコーンなら問題ないかと、一つ手元の皿に寄せた。
野生の動物だったのだから、クリームやジャムは与えない。霊獣がどこまで特別か不明だが、人間と同じ食生活は無理だろう。事実、厩舎で生肉を齧っていたと聞くし。
プレーンのスコーンを割り……手を止めた。きらりと光るのは、針? なるほど、こういう嫌がらせが日常だったらしい。表立っての会話術なら心得ていそうなビビアン嬢が、振り回されるわけだ。




