56.あまりに単純すぎる
うっかり首を突っ込んだ太鼓腹の貴族は、文字通り「太鼓持ち」だったらしい。この単語はカランデリア様から習った。権力者や目上の者に媚びを売る男性、主に道化のような存在を呼ぶ。ぴったりだな。やはりあの方は物知りだ……怖いが。繰り返すが、本当に怖い。
「あなた、エルゲラ子爵よね? 奥様の噂、ご存じ?」
にこにことリベジェス夫人が迫る。といっても、奥様……つまりエルゲラ子爵夫人についての噂を盛り上げたいようだ。詳細を纏めると、奥様がどこぞのイケメン平民と浮気している。放っておいて構わないのか? カエルのような夫にうんざりとお茶会で嘆いていた、など。
太鼓腹の子爵は知らなかったのか、青ざめた。この夫人のグループが知っているなら、社交界の誰もが知っているのと同じ。そう判断した私は「ご愁傷様」と心の中で呟いた。これまたカランデリア様に教えて頂いた単語だ。なんでも「もう終わり」という意味があるとか。
「我々は用事があるので。美しい伯爵夫人にお会いできて光栄でした。今夜の夢でまた会えますように」
父上直伝の口説き文句に微笑みを添え、優雅に一礼した。隣のフリアンが生真面目に会釈する。その間にベスをエスコートするセシリオが進んだ。リベジェス伯爵夫人一行の生ぬるい眼差しを受けながら、私達は王宮の廊下を抜ける。
この時点で半分ほど目的を達したが、まだ終わりではない。クルス公爵令嬢ビビアン殿と顔合わせが必要だった。敵の使った手法を確認するのが一つ、私達がクルス公爵家側だと思わせるのが一つ。出来るなら、ベスを婚約者と誤解させるところまで進めたい。
あの程度の噂では弱い。リベジェス伯爵夫人はある程度見抜いているような顔だった。積極的に噂を流すか不透明な状況だ。歩きながらそう告げた。抱っこが気に入ったルカは、ぶんぶんと尻尾を振っている。毛が舞い散るからやめなさい。
「伯爵夫人は常に噂の中心にいますが……?」
あの人なら吹聴する、フリアンはそう思っていた。セシリオも似た感じの反応だ。この王家も甘い。まあ、ウルティア一族が支えるなら持ち堪えるか。ある意味傭兵と同じで、どこかの王家を表に出して裏で活躍するほうが向いている。
物語の主人公より、脇役で一番美味しいところをさらっていく役が好みだった。当人の前で、そんなことは言わないが。
「ならば、そうなのでしょう」
さらりと流した。セシリオが眉尻を上げて「どういう意味だ?」と問う。曖昧に笑ってやり過ごした。少し先、庭の東屋に女性が待っている。先にあちらを紹介するべきでは? と顎で示し、傲慢に笑った。
この劇、母上達が楽しむにはレベルが足りないだろうな。




