55.使い道の少ない能力だな
「王太子殿下、これが貴国の侯爵令嬢ですか?」
不愉快だと表情で示しながら、ちらりとアッヘンバッハ侯爵令嬢を視線に捉える。泣き叫ぶ彼女は、自分でも感情を制御できないようだ。抱いてきたルカを下ろしたため、くるくると足元で回っている。甲高い悲鳴のような声も気にしない様子から、一般的な動物とは違うのだなと認識を改めた。
霊獣と言われても、珍しい獣を神話になぞらえて称える程度だろう。そんな風に捉えていたが、どうやら本当に違うようだ。ルカの周りに薄い膜のようなものが見えた。不思議に思って屈み、抱き上げる。自分まで膜に包まれ、音が遮断された。
なるほど。初めて見る能力だが、使い勝手は……うーん。母上や父上の説教を聞き流すときくらいか。聞いていなかったとバレた後のほうが怖いので、やはり使えないな。寝る時に音を遮断するのも危険だし。
きゃうう! 尻尾を振るルカを撫でながら数歩進み、ベスのスカートに足を触れさせる。と、嫌そうな顔をしていたベスが「音が消えた?」と呟いた。ルカに触れた者との接触でも効果があるようだ。
「さすがは霊獣様だ」
ベスをエスコートしていたセシリオも対象になった。これは……広範囲でも使えるのか。だが、やはり使う場面が思いつかない。
くちゅん……ルカがくしゃみをする。勢いよく頭を振り、鼻水が垂れた。取り出したハンカチで拭う。その間に膜は消えた。まさか、原料がルカの鼻水だったとは言わないだろうな? 疑いの眼差しを向けるも、ルカは尻尾を振って無邪気に見上げていた。
「なんでもない」
ルカを下ろし、泣き声が消えていたことに気づく。侯爵令嬢は布を口に押し込まれていた。王太子の出迎えに随行した騎士が、合図で取り押さえたと聞く。一種の不敬罪適用かな。
「アッヘンバッハ侯爵家は、ガラスペンを購入できずに自分より若い少女から奪った。それも兄から贈られた祝いの品を……? まあ、なんという悪行でしょう。わたくし、黙っている自信がありませんわ……どうしましょう」
リベジェス伯爵夫人が大袈裟に嘆いた。お取り巻きの令嬢達が「本当ですわ、酷いお話です」と同調する。その様子にフリアンがぶるりと身を震わせた。口を塞がれ反論できない本人を目の前に、物語が作られていくのだ。確かに恐ろしい。
「祝いの品を購入された際、王太子殿下もおられた……そうですの、近いうちにおめでたい話が聞けそう。うふふ」
先ほど濁した部分を勝手に想像し、噂を組み立てていく。貴族女性の恐ろしいところは、その戦い方だった。武力で勝負がつくなら簡単だ。彼女達は被害者のような顔で「ねえ、ご存じかしら」「秘密ですのよ」と噂をばら撒く。
どこかの家が傾いた話、令嬢の醜聞、夫婦喧嘩のあれこれを。それは見事に脚色して広めるのだ。最後まで噂として、確定させない。それが人々の好奇心と興味を掻き立て、さらなる騒動を引き寄せた。
躓いただけの話が、あっという間に誰かに振られて泣きながら倒れ伏した……まで膨らむのだから恐ろしい。だが味方にできれば、これ以上ない頼もしい戦力だった。




