54.追い詰める言葉は正確に
「詳しい事情をお伺いしたいわ」
柔らかなミントグリーンのドレスの淑女が一人、扇で顔を半分隠しながら声を上げる。彼女の後ろには、お取り巻きだろうか。三人ほどのご令嬢がいた。おそらく令嬢だろうが、落ち着いた雰囲気が夫人のような気もする。難しい判断だが、それなら呼び方は決まっている。
「美しいご令嬢の耳を汚すお話になります」
さりげなく遠慮して下がりながら、それでも「興味深いネタですよ」と目の前で餌を振った。一般的な貴族令嬢なら食いつく。軽く目を見張った淑女は、からからと明るい笑い声を立てた。声を立てているのに、下品に聞こえない。心底楽しいと伝わってきた。
「その呼び方は嬉しいけれど、伯爵夫人になったばかりよ」
頭の中で新婚貴族のリストを引っ張り出す。きっちり叩き込まれた知識は、顔との突き合せが終わっていないだけ。名前や家族構成は頭に入っていた。新婚の伯爵家は一つだけ。リベジェス伯爵家に嫁いだサンターナ伯爵令嬢だ。
「リベジェス伯爵夫人、大変失礼いたしました」
横できゃんきゃん騒ぐ侯爵令嬢を放置し、優雅に挨拶する。差し伸べた手に淑女が指先を預ければ、挨拶を受ける意思表示だった。片足を引いた私の手に、レースの手袋に包まれた細い指が触れる。唇を寄せ、触れずに離れた。
触れていいのは婚約者か夫のみ。そのくらいの作法は知っていると示したつもりが、なぜか女性達が頬を染めて恥じらっている。何か間違えただろうか? フリアンを振り返ると、彼もやや頬が赤かった。
「ああ……その。アリスは男前だな」
「ありがとう」
よくわからないが、褒められたら礼を伝える。謙遜は、貴族社会ではほぼ使われない対応だった。どちらかと言えば職人や商人がよく使う。その印象から、いつもの通り穏やかに返した。
「それで、令嬢でなければ教えてくれるのよね?」
「構いませんよ。事実ですので」
相手にとって「醜聞」だろうが、私達にとっては「事実」に過ぎない。笑顔でかいつまんで説明した。妹ベスのお祝いに、欲しがっていたガラスペンを購入する。銀に近い髪色に青い瞳のベスは、ピンクがよく似合う。その点は誰も反対せず流した。ここで、何の祝いかを伏せるのも大事だ。
「気に入った逸品に支払いを済ませ、包装した箱を……そちらの令嬢が横から「譲れ」と」
欲しいと言ったが、そんな風に言わなかった! 噛みつくアッヘンバッハ侯爵令嬢の慌てた物言いは、崩れて聞き取りにくい。はきはきと滑舌よく話す私の声のほうが通った。
「あの時、令嬢は仰った。「あなた、私に譲って下さらない?」と……私は答えた「断る」と。交渉する気はないため、当然の受け答えだったはず」
「その通りだ。私も居合わせた」
セシリオが応援に入った。ひとまずアッヘンバッハ侯爵令嬢を追い落とす決断をしたようだ。
「すると「私が誰だか……」と家の名を持ち出そうとしたので「欲しいのなら在庫から選べばいい。これは私がベスに贈った品で、会計も済んでいる」と返した」
一言一句間違えない。それこそが相手を追い詰める一手になるのだから。誇張表現は足を引っ張るし、相手の顔色を窺う必要もなかった。青ざめた令嬢の唇から、発狂したのかと思う絶叫が迸る。とっさに耳を塞いだ王太子や周囲の貴族を横目に、私はこれ見よがしに溜め息を吐いた。




