52.罠を散りばめて歩く
指の先まで気を遣うこと。カランデリア様と母上の特訓を経たベスに死角はない。指先の高さで軽やかな動きを演出しながら、ふわりと添えて微笑んだ。小声で礼を告げ、ゆっくりと降り立つ。幼い外見ながら、礼儀作法は身に付いていると示すためだ。
剣術の動きではきびきびしすぎて、令嬢らしさが出ない。逆に私はそれでよかった。顔に傷もあるため、女性と思われる可能性は低い。どの国でも同じだが、貴族令嬢は家柄の次に顔やスタイルが重視される。綺麗に着飾って映える体、美しく磨かれた顔……私にはそれらが足りなかった。
悲観する気はない。女性のドレスを着れば胸が足りず、腰は細くとも臀部が目立つ。背が高いため、隣に立って見栄える男性を探すのも一苦労だった。顔に傷があるので、令嬢らしく飾ろうとすれば厚塗りになる。以前は王を守った証として、平然と薄化粧で過ごしたが……。
さすがにアルバ王国と同じ、というわけにはいくまい。
「よく来てくれた、ベス。とても楽しみにしていたよ」
家名でウルティア嬢と呼ばない。これが罠の一つだった。一般的には婚約前の令嬢を名前で呼ぶことはなく、王太子がその常識を知らないはずはない。まあ、中身は同性なので名で呼んでも問題ないのだが。それを知らない貴族にはどう見えるか。
すでに婚約者である可能性が一つ、もう一つは家名を名乗れない生まれであること。平民だったり庶子だったり、はたまた家に問題があるか。どう勘繰るのかで、相手の出方が変わることだろう。
「お招きありがとうございます。お兄様と楽しみにしておりましたの」
微笑んでエスコートされるベスは完璧だ。いつにも増して可愛い。隣のセシリオが邪魔だが、それでもベスは可愛い。大事なことなので二度言っておこう。頷く私を促すように会釈したフリアンに、親しげに話しかけた。
「久しぶりです、フリアン」
意味ありげに呼び捨てる。これを礼儀作法がなっていない小僧と取るか、それとも相応の地位にある者の振る舞いとするか。次々と仕掛けを施す私達に、フリアンは笑顔で乗ってきた。
「やあ、アリス。久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
どちらとも取れる一般的な挨拶だった。遠い柱の陰や通りかかったフリの貴族が、ざわつく。サンバドルの公爵家嫡男が無礼だと咎めない。なかなかやるな。互いに牽制するように罠を撒きながら、王宮の廊下を進んだ。
先を歩くベスの後ろ姿は見惚れるばかりだ。本当に可愛い。
きゅぅ……がううぅ。抱き上げたルカは甘える鳴き声から、警戒の唸りへと声を変えた。後ろにいる貴族が何か手を出そうとでもしたか? よしよしと頭を撫でてやれば、満足そうに牙を引っ込めた。額から生えた捩じりツノ、白い毛皮でルカの正体は明かしている。
さあ、どこから仕掛けてくる? 退屈する前に頼むぞ。牽制し合って誰も出てこないのは寂しいからな。




