43.凄いのではなくヤバい
バシリオも同行することになった。屋敷のほうは部下に任せるそうだ。確かに執事補佐が二人いるので問題はない。こてりと首を傾げた私と違い、ベスはバシリオを拝むように手を合わせた。
「母上達はそんなに凄いのか?」
「……お父様よりヤバいです」
凄いのではなく、ヤバい。なるほど、表現された時点でおおよその察しがついた。ベスのワンピースに、巻きスカートの形でふんわりと白いレース素材を足す。そのため着替えは一瞬で済んだ。母上達は本格的にドレスを着用するらしく、しばらくかかると侍女経由で連絡が入る。
「今のうちに出かけたらどうだろう」
置いて行っても実力があるのだから追いつくはず。その程度の感覚で口にしたら、ベスがぎこちなく振り向いた。その表情に「すまない。失言をした」と謝る。可愛いベスの顔が、異国のハンニャとやらの顔になっていた。牙が見える気がしたぞ。
「モニカ達にあげる林檎を切ろう」
とりあえず、待つ間に出来ることをする。用意してもらった林檎を左手、刃物を右手に構える。するすると皮を剝いたのは、ベスだ。愛馬ブリサは皮が好きではない。うちのモニカは赤い皮を食べるので、あとで皮を貰おう。皮付きのまま、さくっと切って準備していく。
アマンド達は自分で用意するから、切らずに袋のまま渡すつもりだ。母上達の分をどうするか。切っておけばどの馬も食べるか。バケツに大量の林檎を積んだところで、母上が顔を見せた。お茶会用のデイドレスだが……レースやフリルが多い。
「可愛いですね、母上。とてもお似合いです」
服が可愛い、似合う母上も可愛い。両方褒めなければ、拗ねてしまう。そういう可愛いところもある女性なのだ。父上は母上のこんな性格に惚れたのかもしれない。そうなると、私の可愛い好きの趣味も父上譲りか。
「あら、林檎? ありがとう……褒められると嬉しいわ」
おほほと笑う母上の後ろに、傾国の美女が現れた。豊かな黒い巻き毛を揺らし、にっこりと弧を描く唇は濃いピンク。目元は青や金を使った化粧が施され、妖艶な印象だった。デイドレスなのに、夜会でも通用しそうな色気がある。
「カランデリア様は本当にお美しい」
「ありがとう、アリス殿に褒められると照れるわ」
男装の令嬢として有名な私は、エスコートの相手として人気が高い。婚約者以外で、異性にエスコートを頼めない令嬢にしたら理想の男性像らしい。紳士的で襲われる心配もなく礼儀正しい。そのうえ、女性であるため些細なことに気が利く。婚約者に浮気や不貞を疑われる心配もなかった。
これは婚約者のいない令嬢にも適用され、父兄にエスコートを頼めない子から頼まれたこともある。可能な範囲で応じてきたので、月の王子様と呼ばれたこともあった。日は男性を、月は女性を示す一種の比喩表現だ。
「ベス、お手をどうぞ」
美女の意味ありげな微笑みをスルーして、ベスの手を取る。カランデリア様は客人だが、今はベスの教育の時間だ。彼女を仕上げることが急務だった。その点は理解していただいているようだ。カランデリア様から苦情は出なかった。
母上と腕を組んで仲睦まじく歩くカランデリア様が、私達の後ろに続く。後ろから刃を突き付けられるような緊張感があるな。バケツを持つ侍従が、徐々に距離を空けて安堵の表情を見せた。甘いぞ、たぶん母上達にバレている。あとで叱責が確定だ。




