40.王国崩壊の音 ***アルダ国王
アルダ国王として玉座を受け継ぎ、まさかこのような日が来るとは思わなかった。息子の一人が犯した失態で、ここまで騒動が大きくなるなど……想像も……いや、想像は出来る。
先祖は、国の守りを外部に頼った。北の山脈の向こうは軍事帝国、西に海があり帝国はもちろん海の向こうから様々な国が攻めてくる。小国だが、強さに定評のあるモンタネール国へ領地を与えて囲い込んだ。
モンタネール当主は、黒髪の美女カランデリアだ。妃にと乞うて断られた。女狐と呼ばれるほど狡賢く、微笑んで国を傾ける女だった。曽祖父が契約にこぎつけ、モンタネール一族に国境を任せた経緯がある。
それを言うなら、南と東の国境を守るウルティア一族も同様だ。契約で結ばれたモンタネールとは違い、形は臣下だった。だが気に入らなければ通達を無視し、好き勝手に振る舞う。魔女のような女当主アグスティナを抑えるため、娘を第二王子の婚約者に据えた。
これは父上の計画で、本当なら王弟がアグスティナを娶る予定になっていた。彼女の抵抗で計画を延期し、息子の代でようやく叶うはずだったのに。あの阿呆がやらかした。
第二王子イラリオが婚約を破棄し、国外追放を言い渡さなければ……! 国の周囲を強者に囲まれた形で安泰でいられた。一度崩れた関係を修復するのは、新たな関係を結ぶより難しい。イラリオを処分したところで、もう戻らない。
わかっていても腹立たしさと情けなさに、イラリオの王族籍をはく奪した。このような愚行をなす息子を放置すれば、いずれ国の足元が崩れる。いや、もう崩れ始めているのか。
玉座で王が溜め息をついてはならん。分かっているが、昨日の騒動を思えば溜め息の一つくらい……許されるべきだ。
貴族と謁見する私の耳に飛び込んだのは、モンタネール伯爵家謀反の知らせだった。王宮へ向かい進軍するは、手勢わずか十数騎。これで謀反とは大袈裟だ。笑った私に、将軍が真っ青な顔で進言した。
「当主が先陣を切り、王宮の騎士を蹴散らして進んでおります。数十分で到達するかと」
到達? つまり騎士団が打ち負けるのか。驚きに目を見開く私を促し、将軍は塔の階段を登った。街道から王都までよく見える高さで、ようやく言葉の意味を理解する。土埃を上げた一団が、街道を駆けあがった。
途中で騎士が立ち塞がろうと試みるも、あっという間に叩きのめされる。転がる騎士は動かず、背筋が冷えた。国盗りかと肝を冷やす間にも、ぐんぐんと近づく。逃げても間に合わぬなら、せめて正面から受けるべきだろう。王たる者の矜持を見せてくれる!
勢い込んだはいいが、カランデリアは到着するなり書類を投げつけた。ばさりと広がった紙が飛ぶのを、慌てて侍従達が押さえる。拾う間にも、彼女は堂々と宣言した。
「ウルティアへの非礼、私も他人事ではないわ。信頼関係が崩れた以上、元の形に戻らせて頂きますね」
淑女らしい丁寧な口調で、革鎧をまとった美女はにやりと笑う。その真っ赤な唇が弧を描き、ぞくりと震えるような妖艶さを作り出す。
「いや、待ってくれ。イラリオは……」
「あとから作る誠意は言い訳にも劣る……我が一族の言葉ですわ」
鋭い刃のような一言を残し、カランデリアは去った。後を追うことも出来ず、今さら呼び止めようにも届かない。王国の崩壊する音が聞こえる気がした。




