38.カランデリア様という女傑の一面
モンタネール伯爵夫人、カランデリア様。名前で呼ばなくては怒られる。目が覚めるような美女だが、性格は辛辣で怖い。とにかく褒めろを実行したら、殺されそうになった。簡単な注意事項をシルベストレへ伝達する。
「褒めすぎてもダメ、怖いからと目を逸らしてもダメ、微笑んで穏やかに振る舞えば平気よ」
からりと明るく笑う母上には悪いが、それが難しい。平然と付き合う母上が、逆に恐ろしいくらいだ。手紙に返事を書く母上の隣で、カランデリア様とのエピソードを語る。
「以前、廊下ですれ違ったのだが……左腕を胸の前に当てて一礼した。途端にぴしゃんと頭を叩かれた。角度が甘かったらしい」
可愛いシルベストレの表情が引きつる。
「朝に母上への手紙を預かったのだが、夕方まで礼儀作法の授業があった。夕方まで持っていたことに怒り、槍で追い回された」
「おね……お兄様でも厳しかったのですか?」
「かなり厳しい。今の言い間違えを聞かれたら、説教が二時間コースだ」
ほんのわずかな隙も許されない。美しい薔薇には棘があると言うが、棘がちくりではなく槍がぶすり! といった感じだな。説明して一息ついたら、母上に横腹をつつかれた。
「私の友人ですよ。そのように褒め殺してはいけません。調子に乗りますからね」
無言で微笑んでおいた。どの方向へ調子に乗るのか、怖い。全力でこちらに襲い掛かって来る幻想しか浮かばないのだが? 口に出せば、母上にやられそうなので黙る。これも処世術だ。
「手紙を届けて頂戴」
母上の指示に、バシリオが恭しく受け取る。さっと踵を返した。その動きをじっくり眺め、私は立ち上がって同じように足を踏み出した。まだ甘いようで、父上から指摘が入る。左足の動きに腰がついてくるとか。仕方ないだろう、足と腰は繋がっているのだから……と思うが呑み込んだ。
「セシリオにはしっかり請求してやる!」
「僕も!」
手を挙げた途端、シルベストレが母上の扇でぴしゃりと叩かれた。
「私、でしょう」
神妙な顔で頷くシルベストレは、徐々に所作が身についてきた。武術と同じ、そう考えれば呼吸や足捌きに気を配るのも当然だ。私も上達し始めたようで、指摘される回数が減ってきた。一週間も経過すれば、それなりに振る舞えるようになった。
「カランデリア様、どのルートで来られるかしら」
母上は地図を開いた。アルダ王国を横断する街道もあるが、離反するつもりなら使わないだろう。隣から覗き込み、海を示した。アルダ王国の西と南を守る領地は広い。ウルティアと同じで、モンタネールも細長かった。
アルダ王国はたった二つの辺境伯に、国境を丸投げしていたのだ。そっぽを向かれれば、丸裸になるというのに。愚かなことだ。西側に凍らない港を持つモンタネール領から、船で海を渡る。サンバドル王国の南にある港へ到着すれば、王都を抜けてすぐウルティアの領地だった。
「このルートが安全でしょう」
「まあまあ、よく学んだこと。でも彼女ならアルダ王国を突破してきても、おかしくないのよね」
頬張った菓子を食べ終えた父上も話に加わった。母上に止められているのにいいのか? あとで叱られそうだ。いま、母上が眉間に皺を寄せたぞ?
「あの女傑なら、攪乱くらいお手の物だろう」
攪乱? アルダ王国が仕掛けてくる、と考えているようだ。いや、情報が入ったか? あの婚約解消の騒動から軍を招集して、作戦会議をして、兵糧を確認する。確かにそろそろ準備が整う頃か。
正面から蹴散らしてやる!




