31.婚約する「フリ」は危険そうだが?
「私が、ですか?」
嫌みなくらい強調したところ、セシリオが事情を説明し始めた。まさか教えてもらえると思わなかったので、正直驚く。こういった場合、立場が上の王族は命じるだけで、こちらの事情や困惑をくみ取ってくれないのが通常だった。まあ、セシリオは最初から規格外だが。
町中をフラついて、女性に声を掛ける優男。そんな風情で、どうして王太子なのか。サンバドル王国の内情を推し量りたくなる。他に兄弟がいないか、はたまた特殊な事情があるのかも。
「簡単に言えば、俺に寄って来る女達への牽制だ」
サンバドル国王の妃は全部で三人、正妃の子はセシリオだけだった。正確には弟がいたのだが、幼くして病死したらしい。王族の病死は、半分が毒殺だろう。どちらだか知らないが、気の毒なことだ。
側妃二人は王女を一人ずつ産んだ。ここで問題になるのは、男児が一人しか残っていないこと。王子が一人しかいないなら、当然ながら争奪戦が起きる。アルバ王国ですら二人の王子に群がったのだ。規模の大きなサンバドル王妃の座は、さぞ魅力的だろう。
「つまり、適齢期のご令嬢に襲われそうなのか」
「その通りだ」
纏めた私に、疲れた顔でセシリオが同意した。本命はすでにいるが、彼女を婚約者に据えたら襲撃される。城から抜け出してふらふらしていたのも、気軽に女性に声を掛けていたのも、協力者探しだった。そう締め括ったセシリオは、がばっと頭を下げた。
「頼む! フリだけでいい。従妹である公爵令嬢に頼ったこともあったんだが、すぐに追い落とされた」
「は?」
公爵令嬢は貴族令嬢の頂点だろう。王族と血の繋がりがある名家のご令嬢が、追い落とされる? 仮にも第二王子の妃となるため教育された私には、理解できない環境だった。素直に疑問が口から零れ出る。かなり不敬な声だが、セシリオも側近らしき男性も咎めなかった。
「……公爵令嬢の馬車を襲ったり、夜会で醜聞を作ろうとしたり……あいつらは悪魔だ」
セシリオが呻くように事情を付け足し、私は父上と顔を見合わせた。間で、母上が額を押さえて俯く。シルベストレは菓子を摘まみ、ひょいっと口に入れる。もぐもぐと咀嚼する唇は、ややオレンジがかった柔らかな赤で彩られていた。
食べ終えるとお茶を一口、それから私を見つめる。
「戦える女性が欲しいのは理解したが……」
嫌だと匂わせる私に、セシリオが再度頭を下げる。斜め後ろの青年も同様に頭を下げ、許可を得て口を開いた。
「襲われかけた公爵令嬢は、私の妹ビビアナです。馬車での襲撃は騎士によって阻まれましたが、夜会で人気のない部屋に引きずり込まれたのが怖かったらしく」
そこで言葉を切ったが、事情を察した。仕掛けた側に「公爵令嬢ビビアナが傷物になった」と触れ回られた。加えて、怖くて夜会に参加できない。社交をこなせず醜聞に負けた令嬢は、領地に引っ込むくらいしか道がなかった。
「それなら、お姉様では無理ですね」
シルベストレは否定する口ぶりで、要請を退けた。
「お姉様は容赦なく、人前でも断罪しますよ。それをされたら、公爵令嬢を傷つけた犯人が引っ掛からないでしょう? 向こうが用心してしまいますから」
意味ありげに、シルベストレが微笑んだ。悪いことを考えているようだが、天使の見た目に「可愛い」と本音が零れ出た。
「僕が囮になります。お姉様は騎士として同行する。犯人を捕まえて、同等以上の罰を与えましょう」
そう笑ったシルベストレに、母上がそっと顔を逸らした。これは止められない、と? 父上は大きく頷いて後押しする気でいる。可愛いベスを危険に晒したくないが、この子は引かないだろう。性格を熟知する立場で、私は決断した。




