30.嫌な予感ほど当たるもの
遊び人セシリオなら放置して構わない。だが、サンバドル王国王太子殿下となれば、出迎えないわけにいかない。仕方ないと自分に言い聞かせ、玄関ホールへ向かう。すでに使用人達は並んでいた。
扉が開き、略装ながら「王子様」姿のセシリオが立っている。屋敷の主はウルティア一族だが、今後主君になる可能性があるサンバドル王家に一礼した。胸に手を当てて、軍隊式で敬意を示す。きっちり三十五度のお辞儀だ。不敬なようだが、これが正式だった。
ただし……騎士としての正式礼だ。私は本来貴族令嬢なので、この礼はしない。セシリオなら咎めないと判断しての挨拶だった。隣でシルベストレが優雅にスカートを摘まんでカーテシーを披露する。
「出迎え、感謝する。サンバドル王家、セシリオ・ロア・サンバドルだ」
代表して父上が挨拶を受け、返答している。私は姿勢を正して、さり気なく弟のエスコートをしていた。差し出した手のひらに、可愛いシルベストレの指先が預けられる。
このまま客間への移動となり、当主である父上の後ろをセシリオが続く。さらに王国の従者や騎士が歩き、私達はゆったりと最後に部屋へ入った。そもそも、ここがおかしい。
当主夫妻として父母が応対するなら、私達は必要ないはず。嫌な予感がする。
「先日のサンバドル王国への併合に関し、国王陛下より親書を預かっている。確認してくれ」
訪問の大義なのか、仰々しい巻物を手渡された。金や銀の装飾が入った筒から取り出した書面を確認し、父上は私に差し出す。本来は執事などが受け取るのだが、私も目を通したほうがいい内容だろうか。さっと目を走らせ、頷く。
サンバドル王国の一部として、領地ごと併合する許可証だ。私はくるりと丸めて後ろ手に持った。バシリオがいれば、この立ち位置は彼の場所だ。
一族の既婚女性が、侍女の代わりにお茶を差し出す。あの方はアマンドの母君だな。伯爵夫人だが、礼儀作法の教師も兼ねている。私やシルベストレに教えてくれたのは、彼女だった。
お茶の数が多いな。そう思ったところで、セシリオから座るよう促された。私だけなら断るつもりだったが、当たり前のようにシルベストレにも指示が出る。これは断れず、シルベストレを先に座らせてから隣に腰を下ろした。
「実は……その、ベアトリス殿に頼みがある」
「お断りする権利はありますか?」
内容を聞く前に、断る権利を確認する。聞いてから「聞いた以上断らせない」と言い放つ愚か者を知っているからだ。誰とは言わないが、某国の第二王子である。
「もちろんだ」
きっぱりと迷いなく返ってきたため、素直に聞く姿勢を取った。
「俺の婚約者のフリをして欲しい」
嫌な予感は大当たりだった。




