23.勝手に向こうから来るんだ
不法者がどうなったのか、侍従は聞いていなかった。いや教えてもらえなかった、が表現としては正しい。つまり、不法入国者はまだ王都内にいるはずだ。
「お姉様もそう思いますか?」
「きちんと捕縛したなら、そう口にするだろうさ」
シルベストレの腰に手を回し、さっと引き寄せる。大急ぎで走っていく男性とぶつからないよう庇い、ぎりぎり間に合った定食屋に入った。侍女ララウが先に扉を開き、侍従が後ろに控える。二人にも同席するよう命じ、いつも通りざっくりと注文した。
魚料理が二つ、肉料理が二つ。パンを五つ頼みそうになり、四つに変更した。今日はシルベストレの愛馬ブリサは置いてきた。パンは不要だろう。御者の分は別に購入して届けさせている。馬車から離れられない役職なので、一緒に連れてくるのは無理だった。これは仕方ない。
「取り分けて頂くのですか?」
きょとんとする侍従に頷く。先に届いた肉料理を、ララウが手慣れた様子で分け始めた。きっちり均等に分けるので、侍従が遠慮を口にする。それを「主人としての命令だぞ」と押し通した。王都でも何度か似たようなやり取りをしたので、慣れてしまったな。
出会ったばかりの頃は、アマンド達も同様に遠慮していたっけ。主君と従者の関係が崩れるとか、それっぽいことを口にした。残念だが、我が一族は分家を従者と考えていない。そう伝えて黙らせたのは、もう何年前だったか。
「やっぱり、この店にいたんだね」
嫌な声に反応して、くしゃりとパンを握り潰す。店の主人の「おい」という声で我に返り、素直に謝罪した。悪気はなかったのだが、力が入ってしまった。もちろん握ったパンはしっかり頂く。後から届いた魚料理のバター風味の汁を吸わせると、とても美味かった。
「無視するのはひどいんじゃない? あ、僕の料理もお願い。魚がいいな」
勝手に隣のテーブルに陣取った男は、前回も現れたセシリオ・グランデスだ。父上に会いに来ると聞いたから、その日を狙ったのに。もう王都に戻っているとは。
「私達は食べ終わった、失礼する」
「あ……今日の騒動の話を聞きたくない? 不法入国者の情報、それにもう一つあるよ」
意味ありげにぼかされると、気になる。ちらりと視線を向けたが、赤茶の髪をかき上げる気障な仕草に溜め息が漏れた。別にこの男から聞かなくてもいいか。
背を向けたタイミングで、定食屋の扉が乱暴に開いた。ぶつかるじゃないか、と文句を言いかけた私は、すっと一歩下がる。ララウは元々数歩下がって控えるためぶつからない。腕を組むシルベストレは、一緒に下がった。鼻先を拳が掠める。
空いた手で侍従の腕を掴んで引っ張った。盛大に尻もちをついたが、お陰で拳を食らわず済んだらしい。悲鳴のような「ひっ」という声が聞こえた。
「セシリオ、聞くまでもないな」
「ほんと……ヒメノは騒動を引き寄せるよね」
遠回しに、目の前の乱暴な男が不法入国者だと肯定された。そのまま扉を閉めて立てこもろうとする男に、店主が包丁片手に凄んだ。
「おう! 誰の店で好き勝手してやがる!」
参ったな、選択肢が多すぎる。ここで戦って捕まえ、サンバドル王国へ恩を売るか。関係ないからと逃げて安全確保を優先するべきか。そこで食後のお茶を片手に見物する男に任せるか。何にしろ、店主を戦わせる選択肢は捨てるとしよう。彼がケガをすると、王都での食事に困るからな。
包丁を振り翳す店主と、拳に加えて短剣も振り回す不法者を見ながら、私はそっと可愛いベスの手を解いた。




