14.可愛げがなくて嫌な奴
「遊びにきていたんだね、声を掛けてくれたらよかったのに」
人懐こい口調と笑顔で、彼は私を覗き込む。わざわざ顔を逸らして、嫌だと示しているのに懲りない奴だ。こういう無神経さが腹立たしかった。それ以外にも気に入らない部分がある。柔らかな赤茶の髪がさらりと揺れ、緑の瞳が細められた。顔はいいが、可愛げがない。
「……もう帰るところだ」
距離を置く言い回しで、すっと背を向ける。左右の腕をシルベストレとグラシアナが掴む。慣れた様子でカンデラがアマンドと腕を組んだ。彼と彼女は従兄妹同士だ。私の背を守るように後ろに立った。
「ヒメノ! 明日そちらへ行くから」
「父に伝えておく」
ミドルネームを呼ぶ男に、ちらりと首だけで振り返って返事をした。最低限の礼儀だから、会釈で挨拶を済ませる。預けた馬を受け取り、大急ぎでサンバドルの王都を離れた。街道へ出ると、詰めていた息を吐き出す。肩が大きく上下するほど動いた。
「お疲れ様、姉上」
「どこから嗅ぎつけるのかしらね」
「猟犬並みだろ」
少女姿の弟が労い、呆れたとグラシアナがぼやく。アマンドも犬じゃあるまいしと苦々しい口調だった。全員にここまで嫌われる理由は、単純にあの男が図々しいからだ。
セシリオ・グレンデスと過去に名乗ったが、恐らく偽名だろう。父を訪ねて何度か砦に顔を見せたことがある。サンバドル王国の貴族と推測できるが、私は彼が苦手だった。表情を作って仮面のように感情を見せない。貴族らしい振る舞いだが、嫌いなものは嫌いだ。
途中の小川で休憩し、先ほど買ってきたパンをブリサに与えた。他の馬は匂いを嗅ぐが、あまり興味を示さない。モニカも水を飲んだら、草を食んでいた。嬉しそうに味わうブリサは、シルベストレの愛馬だ。白い馬なのだが、足元や背中に灰色の毛が残っている。鬣にもやや色の濃い灰色が入っていた。
「ここからは競争しようぜ!」
アマンドの提案に、カンデラが乗る。
「いいわね。負けないわよ」
「俺に勝とうなんて、無理無理」
ひらひらと手を振って煽るアマンドに、カンデラがムキになる。事前に煽って冷静さを失わせる作戦だろうが、途中で邪魔が入った。
「落ち着いて、カンデラ。作戦があるわ」
グラシアナが手招きし、ひそひそと耳元で何か囁いた。機嫌悪く尖っていたカンデラの唇が引っ込み、最後には笑みを浮かべる。今日の勝負はどちらが勝つか、わからなくなってきたな。
「勝負には私達も加えてもらえるのかな?」
くすくす笑いながら立候補すると、シルベストレもにっこりと笑った。その顔には自信が浮かんでいる。
「それこそ無理だろ。ベス様二人は除外!」
アマンドが宣言する。参加は認めるが、順位には含まないらしい。私の名前ベアトリスの愛称は「ベス」になる。だがシルベストレが使っているため、両親は「アリス」と呼んでいた。さっとモニカに飛び乗り、わき腹に合図する。走る愛馬の上から叫んだ。
「早く来ないと置いていくぞ!」




