13.空腹は最大のスパイスだ
行きつけの料理屋で席に着く。メニューなどという洒落たものはない。
「おう! 今日はどうすんだい」
「肉を三人、魚が二人、パンを六人分だ」
パンが多いのは、シルベストレの愛馬が食べるから。なぜか気に入っており、この店のパンを好んで食べていた。それを覚えていたので、一人分多く注文する。大人の分量で作られるため、空腹でも恐らく足りるだろう。まあ食べ過ぎて夕食が入らなくなれば、父上達に叱られるのだが。
「あいよ!」
顔に大きな十字傷がある店主は、元騎士だと聞いた。戦で左目を縦に切り裂くケガを負って引退。なお、横についた深い傷は飼っている猫が原因らしい。近くでよく見れば、確かに細い傷が周囲に残っていた。引っ掻かれた痕だ。
顔はいかついし、スキンヘッドなせいで怖がられる。しかし料理の腕は見事だし、夜になれば酒場として人気があった。いつ来ても食事が美味いので、自然と足がここへ向くのだ。
「今日は鶏肉だな。一人分は羊に変更しておいたぞ。それから魚はマスだ」
白身のマスは淡水魚で、サンバドルではよく食される。これに野菜を煮たタレをかけるのが一般的だった。油多めで揚げ焼きにされた魚が二匹、まとめて大皿で中央に置かれる。串に刺した羊肉と皮をパリパリに焼いた鶏肉も並んだ。
料理の匂いが湯気とともに空腹を刺激する。テーブルの中央に並んだ料理に、付け合わせを兼ねた野菜が追加される。これはメイン料理とセットだった。積んだ黒パンも柔らかそうだ。
「ありがとう。いただこう!」
小さめの皿に欲しいものを取り分ける。一人ずつ要望を聞いて作業する私は立ち上がり、パンも添えて差し出した。礼を言って受け取る四人の分を用意し終え、私も自分の分を手元に引き寄せる。一族のマナーとして、食事は残さない。感謝に合わせた手を解いた瞬間、勢いよく平らげた。
少女の姿をしていても、弟は男児だ。食べ盛りの少年少女が集まれば、あっという間に料理が消えていく。無言だが、食器とカトラリーの音は響いた。馬のために残したパンだけが皿を彩る。
「美味かった!」
「ほんと、このお店は美味しいわよね」
満足したと声に出すのは、料理人への気遣いだ。少なくともウルティア一族では、使用人であっても感謝や挨拶を欠かさない。アルダ王国の貴族は使用人を見下す傾向があるので、王都では不愉快な場面をよく目撃した。そのたびに口を挟んだので、貴族に憎まれる理由に心当たりはある。
残った黒パンを丁寧にハンカチに包むシルベストレが、にっこりと笑った。
「これはブリサのお土産だ」
やはり顔がいいと得だな。女装も違和感なく馴染む。ベスの姿を可愛い度数で表現するなら、六か。ドレスアップさせてみたいが、私用のドレスがあっただろうか。クローゼットの中を思い浮かべるも、女性らしいドレスの記憶がなかった。
こんなことなら、女性らしいドレスも用意しておくべきだったな。いや、シルベストレに合わせて作るのもいい。食後のお茶を楽しみながら、のんびりと考えを巡らせた。
「そろそろ帰らないと、叱られるか?」
「そうだね」
満足できる買い物もしたし、と店の外へ出る。支払いはいつも通り、シルベストレが行った。父上に預かった金から払うのだろう。店の外へ出たところで……嫌な奴を見つけた。顔を逸らすも……見つかっただろうな。近づく足音に肩を落とした。




