1 おーらはすごいぞ天才的だぞ。将来たーのしみーだぁー?
その日は雨が降っていた。これから起こるであろう悲しみに対して、空が静かに涙するかの様に――。
「真司、宗助、浩二、明、総一郎……ふむ、どれにしようかな?」
シゲミは手書きの紙を手にしていた。名前がずらりと、これでもかというくらい書き連ねられている。一体、何の為に……?
彼は市役所に向かった。目的の場所へ着いたその時には、その手に握っていた紙は雫でグシャグシャになっていた。
「アナタ!」
「!」
シゲミを呼び止めたのは、キヨコだった。キヨコはシゲミに駆け寄って、嬉しそうに声を弾ませる。
「やっと来てくれたのね! あの子の名前は決まった?」
「ああ、まだじゃ。候補は上げたのだけどの……ここに」
そう言ってシゲミは右手に折り畳んでいた名前の書いた紙を、キヨコに見せようとした。
「こんなにビショビショになって……アナタ、風邪ひかないでね……あっ!」
その手には、水でグシャグシャになった一枚の紙切れに、二文字の漢字だけが辛うじて残っていた。
「『総』……『司』? 総司……総司! 良い名前だわ! ちょうど残って! これにしましょう!! きっと運命だわ!!!!」
「ほっ……」
こうして、やきうの今世の、人間としての名前は、『時田総司』に決まった。
一方その頃――、
ここは、シゲミの住んでいる社宅――。そこでやきうと、包丁を手にした宇宙創造神『フサヨ』がじりじりと間合いを確かめ合っていた。
「89番……? あのおっさんはどうしたの? 神であるこのワタシに向かって、暴言を吐いた、あの浅はかで救い様の無いおっさんよ?」
「おっちゃんの事か、フサヨ? いつかまた俺を助けに来るぜ? 同然のごとく俺を助けると言っていたからな(……8割ウソだが、2割くらい本当だから大丈夫だろ)」
やきうの出まかせの挑発を真に受けたフサヨは、俯き、フルフルと体を震わせていた。
「その表情……出鱈目じゃあなさそうね……」
(しめた!)
やきうの表情筋は堅い。その為、心がその強張りを緩めたとしても、相手にその胸中を晒すことはなかった。
「ふぅ……仕方ないわ。2体1じゃあ、神であるワタシでも流石に傷を負う可能性があるわ」
フサヨの手から包丁が滑り落ち、カラン――と、音を立てて床に転がった。その後彼女はやきうに背を向け、吐き捨てる様に一言、漏らした。
「ワタシは田舎に帰るわ。ここから車で1時間半くらいの、田んぼと山しかないのどかな場所よ。精々、私の息子であるシゲミに可愛がってもらうと良いわ」
「……おい」
「!」
「包丁は子供の手の届かない場所にちゃんとしまっておけよ?」
――、
シゲミが帰宅した。キヨコも一緒だ。
「総司……!」
「なっ!?」
キヨコはやきうを見るや否や、すぐさま駆け寄ってきて抱きかかえた。彼は何が起きたか分からず、激しく動揺した。
「アナタの名前は、そうし……『時田総司』! 今日から私たちの子よ!」
「!? 太陽神さん……何でここに……?」
「十数年前から、アナタが日本を訪れる可能性が見えていたから、先読みして生まれてたのよ。今日からヨロシク!」
「あ、ああ。……母さん」
「きゃ~!!」
こっぱずかしくなってムッとした表情を見せる時田を、これでもかという程、頬擦りするキヨコだった。それを視界に入れていたシゲミの心中を、時田家の家族が察することは容易ではなかった。
(!……なんかむかつく!!)




