42 謎の大合唱の中、混乱の渦に巻き込まれて――
時田はやや急ぎ気味で帰路に向かう。すると――、
『ねえ、誰が好きなん?』
音声送信で女が語り掛けてきた。
(は?)
『だから、誰のコトが好きなん? この娘じゃろ?』
この娘と言われても、姿は見えない。時田が感じ取られるのは、やけに鼻につく女の、音声送信による声だけだ。ふー、と溜め息をついて、時田は言葉を送る。
(誰が好きとか、どうでもいいことで思考盗聴器を使うな。僕は誰も好きじゃない。修学旅行の夜はもう終わった。そろそろ、そういうのは卒業しろ)
その言葉に対して、以下の通りの反応が返ってきた。
『えー、絶対好きだって』
(無視だ無視。こちらが反応したところで時間と労力の無駄だ)
時田は無視を決め込む。すると向こう側は数人で話し合い始めた。
『……でさぁ』
『……うん。なるほど!』
『……それだね!』
(何を企んでいようと無視しよう無視)
時田は頑なな態度をとっていた。そしてそれは始まった。
『あーあ』
?
『あーあ』
『あーあ』
(何だ?)
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
(だから何だ?『残念でした』って言ったところで何も感じないぞ?)
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
あまりのしつこさに、時田はつい反応してしまった。
(おい、いい加減にしろ。うるさいぞ!)
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
気付けば駅についており、集中力を欠いた時田はやって来た電車につい乗ってしまった。集中力を欠いた上、1面1線の単式ホームだった為、彼は反対側へ行く電車に乗ってしまったのだった。
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
電車内でも音声送信による謎の呼び声は止まることを知らない。
『あーあ』
『あーあ』
(うるさい……うるさい……!)
そうこうしているうちに、隣りの駅に着いた。見たことが無い風景だった。時田は、ここで漸くミスに気付き始める。
(あれ……? ここは……?)
暫く開いたドアが、音を立てて閉まっていく。
(ちょっと、待って……!)
プシューという音を出しながらドアは完全に閉まった。
『あーあ』
『あーあ』
時田は激しく動揺した。
(次の駅で、降りないと……!)
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
声は鳴り止まない。
(……! ……!!)
次の駅に着いた。
「ハァ……ハァ……!」
時田は息を切らしながら電車から降りた。
『あーあ』
『あーあ』
(畜生! お前達の所為で……!)
本当はいけない事なのだが、時田は冷静さを完全に失い、その駅で改札をくぐらずに反対方向の電車を待った。
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
時田は軽くパニックを起こしそうだった。いや、既に起こしていたかも知れない。ハアハアと、息を切らしながら先程と反対方向の電車を待った。
――、
十数分経っただろうか。先程と反対方向の電車が来た。
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
(うるさい……うるさい……!)
やっと帰りの電車に乗れたのだが、安心できなかった。
声が、時田を襲う。
小一時間経ち、時田はシゲミの待つ、最寄り駅に帰ってきた。シゲミの車が既にあったので、すぐ乗り込んだ。
「お疲れさん。どうだった?」
「まあまあ」
時田は後部座席に乗ると、寝転んでうつ伏せになった。
『あーあ』
『あーあ』
『あーあ』
ふと、涙が溢れて来た。
「っふ……えっ……えっ」
安心したのだろう。思考盗聴器関連の被害で、初めて涙を流したのかも知れない。
「どうしたんな? 泣いとるんか?」
シゲミが話し掛けてきた。
「……何でもない!」
時田は強がって見せた。すると――、
『何をしょうるん!? サイテーだよ!』
音声送信をしている人間の中で、時田を気遣ってやる者が現れた。
(! ……)
『もう止め、こういう事は!』
『……ごめん』
その言葉を機に、その日の音声送信の声は止んだ。そう、その日――は。




