41 狂い続ける絶望的な世界にも、希望がろうそくのように灯ることがある
「何をしているんだ!? 開けなさい!!」
渋々時田は部屋の扉を開ける。
「何をしていたんだ?」
「い、いたずら電話をされたんで、怒って壁を蹴ってました。すいません」
咄嗟に口から出た言葉がそれだった。
「取っ組み合いの喧嘩かと思ったぞ。君はもう試験に合格しているけど、他の3年生はまだ受験しているんだ。大きな音を立てない様に」
「はい……すいませんでした」
バタンと扉を閉め、去って行く舎監。ふーと、時田は大きな溜め息をつく。そして――、
(おい……てめえの所為で怒られただろうが? どうしてくれる?)
何かを睨み付けた時田は、思考盗聴器越しにナルを睨み付けるようにして言った。
『そんなヤツなんよ! 私の所為にして!! それが腹立つ!!』
(本当にお前の所為だろうが……。あと、24時間キレてないといけないのか? お前は)
「もう! しゃーない!!」
時田は匙を投げてしまった。怒りでどうにかなりそうだったので、明日の試験の勉強は何一つせず、床に就いた。
センター試験二日目――、
試験が終わると時田は、一日目よりも散々な手応えを感じ、トボトボと家路を辿った。もちろん、今回も音声送信による妨害で、集中できないまま試験が行われた。
(推薦入試が無かったらと思うとゾッとする。思考盗聴器と音声送信によってここまで人生を狂わされた人が、同期に居るだろうか?)
時田は自分の不幸さを、心の中で嘆きながら寮へ帰って行った。
センター試験が終わって何日か過ぎた頃――
時田はもう一つの大学入試を受けに、隣りの県に行く。通っている高校の株を上げる為に――、である。
この県立の大学入試は数学のみの試験だった。数学は、それなりに成績を残せてきたので、試験を受ける数カ月前までは少し自信はあった。
しかし――、
音声送信により、試験の勉強をほぼすることができなかったので、試験を受ける前日、その自信は消え失せた。
『数学出来るん?』
『うーん、それなりに』
音声送信に加わる(?)人数は日に日に増えていって、ナル以外の声も聞こえてくるようになった。 それも、時田を媒体にして、会話をしている。
(迷惑な話だ)
さて、試験会場の大学への道のりは、始め、駅まではシゲミに車で送ってもらう事になっていた。
「ありがとう」
「頑張れよ」
駅からは電車に乗って試験会場まで向かう。
電車内、恐らく同じ入試を受けるであろう高校生が居り、参考書を読んでいた。
(こっちは、何をやったって同じ……)
時田は少しでもストレスを無くすように敢えて、勉強をしなかった。いや、ストレスでできなかったと言ってもいい。
『余裕こいて勉強しないのよ! それが腹立つ!!』
(……相変わらず元気なこってぇ)
――、
いつの間にか、試験会場の最寄り駅に着いていた。駅は1面1線の単式ホームだった。
(帰りの電車、乗り間違えないようにしないと――、な)
試験会場に着いた。受験番号を確認して、席に座る。数十分前に着いたため、時間に余裕があった。トイレを済ませてから、試験に臨んだ。
「始めて下さい」
パラっと一斉に問題用紙をめくる受験生達。時田も、その一人だった。
(うわっ! 最近授業で出て来たヤツばっかだ。微分積分の応用……? みたいな)
時田はセンター試験対策として、音声送信を聞かされながらではあるが、数ⅠA数ⅡBは勉強してきた。しかし、数ⅢCはほぼ、手を付けていられなかった。
(思い出せ……)
『分かるんかなー?』
『できるの? コイツ』
(……)
『分かるんかなー?』
(お前ら黙れ!!!! 国公立の試験だぞ!? 国が建てた大学の入試邪魔するんじゃねぇぞ!! 国に喧嘩売る気か!?)
『……』
『……』
(……)
『分かるんかなー?』
(だ! か! ら!!! 黙れよ!! 集中できねぇよ!!!!)
『……』
(絶対落ちた……。公式思い出そうとしても雑音が聞こえてきて無理だ。準備不足は否めないが、公式が思い出せそうな瞬間に話し声が聞こえてくる……)
問題は大きく分けて3つあった。
(! ここは……分かる)
不意に、電気でも走ったかのように閃きが生まれた。鉛筆がはしる。
『おおー』
『やるじゃん、よく分かんないけど』
(黙れ)
時田は、3つの内1つ、問題が解けた。でも――、
(残りの問題、サッパリ分からん)
『ダメじゃーん』
『期待外れもいいとこー』
(黙れ、お前らよりは解けてる自信はあるわ。……ごめんなさい、高校の先生達……)
時間は刻々と過ぎていく。
すると突然――、
(! ここ、この公式に当てはめれば……!)
『おっ?』
『何か書いてる』
(インテグラル……コサイン……!)
またしても閃きが生まれたの如く、微積の公式を思い出していった。時間は残り僅か!
「そこまで! 鉛筆を置いて下さい」
(ふー)
時田が問題を丁度2つ解いたところで、試験は時間切れとなった。
(何割で合格なんだ? 解いた二つは自信ありだけど……)
時田は嬉しかった。こんな状況でも試験をそれなりにこなせて、少しの希望が湧いた事が――。
(あとは帰るだけだ。駅に向かおう)
時田はこの後起こる思いもよらない事態を、知るよしも無かった。




