33 やっと築き上げたもの――。それすら音を立てて崩れ去っていく。その時、1人の高校球児は何を想う――?
三年生、最後の大会のレギュラーメンバーが顧問から発表される日が来た。まさかの横田が、初のレギュラー入りを果たして、部員の皆は涙していた。そう、時田を除いて――。
時田の精神は限界を迎えていた。
(皆、俺を避けてる――。前までは隣に座っていたエースの滝本も、今は別のヤツと座ってる……。マッサージもいいよって言われて、断られる……俺がこの部に居る意味って……)
「何だ!? 時田だけは涙を流していない。自分がレギュラーから外れて怒っているのか?」
遠くで、怒気を含んだ声が時田の耳に聞こえてきた。
(そりゃあ、涙も枯れる程、追い詰められましたので――)
先輩の卒業式、声を掛けてくれたコーチも時田を良い様には思わなくなっていた。
時田は変わってしまった。
何時しか周囲にこう言われるようになっていた。
「最近、おかしい」
「素振りを止めた時からか?」
「フラれた時」
「腹壊した時だ」
悪い意味での話題の中心になることもあった。
そんな中――、
「時田君、キミは応援団長か?」
「!」
キャプテン岡田の父兄が声を掛けてきた。この人は、過去にこの高校で甲子園に行ったことがある。この高校の歴史を知る人。親子で甲子園に――、キャプテンの意識が誰よりも強いのは、この父親からくるものが大きいのだろう。
「いえ……特には……」
曖昧に否定する時田だったが……
「なら、キミは副応援団長になれ、頼んだぞ!」
目に光が戻るのを感じた。
「ハイ!」
まだ、必要とされている――。存在意義の火が、胸の奥で静かに灯った。
それから時田は夜中、誰もいない部室で、掛け声や、選手名、応援歌が書かれている応援パネルを張り替えていた。何故か――?
応援団長、市原が文字通り、カタカナのテキトーに貼り付けてしまったからである。市原は、3年のベンチ外の部員でおこなったミーティングでも、遅れてきたと思えば、部屋にあった大学のパンフレットを手にし、『これ、貰っとくよと』言って帰って行くくらいだった。何の為に応援団長になったのか――?
答えは明白だった。
『履歴書に書けるかな?』
応援団長という経歴を武器に、大学に推薦で入ろうとしていたのである。そうとは知らず、3年は市原を応援団長にしてしまった。
大体の尻拭いは、時田がやっていたのだ。
(このパネルの裏にこれがあったら、応援が成り立たない。……このパネルに至っては、上下が逆だ……)
不思議と、市原に対する怒りは無かった。それよりも、まだ部の為に何かできるという今が嬉しかった。その一心で、時田は夜遅くまで裏方仕事をやっていた。まるで、下級生の時のように――。
それでもまだ、“何か”による脅威は終わらない。学校では、頭の中を探られることの二次被害として、隣の教室や廊下から罵声を浴びさせられる。
昼間は精神が――
夜は肉体が――
時田はもう一滴も垂れない雫を、からっからの雑巾から絞り出すような状態だった。
そして――、遂に引退を懸けた夏の予選が始まった。試合中の時田の役目は只々、応援すること。満身創痍で日々を送っていた時田は顔色が悪く、何か犯してしまいそうに、周りには見えただろうか? 試合の結果は――、
まさかの初戦敗退だった。




