30 それは雪崩のように生活を崩れ去っていく
(! …………M死ね)
咄嗟に時田の頭に浮かんだのは、中学二年のあの頃、よく使っていた、『M死ね』という一言だった。
『M死ね』
「何コレ……? キモ」
何のコトか分からない同級生は、字面の異様さを気持ち悪がっていた。
「こんな奴なんよ! こんな奴よ! 他のクラスにも教えてやろうよ!!」
『こんな奴なんよ! こんな奴よ! 他のクラスにも教えてやろうよ!!』
ナルが意味不明にも怒鳴り散らかし始めた。
「なんかナルが言ってる言葉も映ってない?」
「時田が聞いた言葉も映るみたいだな」
(映る? 聞いた言葉も……? 新しい情報だ。おっと、今そんな事を冷静に考えている場合じゃないか……)
時田はこれから起こるであろう最悪の事態を想定し始めた。
(どうやらナルは学校中に“何か”を認知させる気だ。ちょっと待て、田舎の全校生徒100人居ない中学校内の話ではなくなる……。一学年180人、中高合わせると1000人を超える中高一貫のマンモス校で、そんな“何か”を使うなんて……。学校中がパニックになるぞ!)
時田は“何か”越しに助けを求めた。
(止めて……)
「『止めて……』だってさ」
「こういうヤツなんよ!」
相変わらず、ナルは何かに向かって怒り散らしている。
『痛みを……知る為』だったのだろうか? ナルの口実は……。今は完全に時田を攻撃する為に“何か”を使っている。
(あんな歩き方、するんじゃなかった……)
時田はナルが“何か”を使う口実を作ってしまった事を酷く後悔した。こんなことになってしまうとは……。
この日から時田は、半永久的に“何か”を使われる事となるのであった。
――、
(また――だ)
学校中で自分の噂話が聞こえてくる。
「アイツの頭、どーなっとるん?」
「ヤバそうじゃね?」
時田は一日で腫れ物扱いされるようになった。
(また、信頼関係を……友達を……無くす……)
時田はその事態を酷く恐れていた。中学までのただ、何となくの関係――。そんなモノ、そんな信頼関係、すぐに壊れて当たり前だった。
けど、今は……。
人として、対等に扱ってもらえる関係、共に、切磋琢磨し合った部活仲間達、時田の人間生活というリアル――。それが、“何か”によって粉々にされていく……。何よりも大切で、何よりも失いたくないモノ。それを今、失いかけている。
(あの時は攻撃したけど……今の友人は傷つけたくない……!)
時田は中学の時と違い、“何か”を使う友人達を攻撃したりはしなかった。
只々、耐える。
授業中では隣や上の階のクラスから、そして部活後は隣にある女子寮からの監視が続いた。
ナルが“何か”を学校に持ち込んだのは、3年1学期の中間試験期間――、5月のことだった。時間ができたから、実家に帰って中学校時代の記憶を頼りに保護者に頼んで、貸してもらった?
(試験期間は勉強しろよ……)
時田は、ナルという虐めっ子の虐め体質が巻き起こすトラブルメーカーっぷりを酷く毛嫌いした。そうまでして、虐めがしたいのか……? 人の所業ではないナルの言動に、呆れてものが言えなかった。
そんな、最悪な精神状態で、臨んだ中間試験では――、
化学19点
これには周囲がそっとしておかなかった。
「お前、どしたんな? 大丈夫か?」
Kも自分より点数が低い時田の頭を心配した。
(頭、ね――。頭の中を見る機械……? それとも、俺の頭がおかしいから、周りに観られている……?)
時田は、何が現実で何が違うのか、もう分からなくなっていた。




