29 あの地獄は終わってはいなかった。再び彼を閉じ込める、心の牢獄
自分に対して、あの“何か”なんて一切使わず、真摯に向き合ってくれる、直に会話をしてくれる、そんな『リアル』がこの高校生活には在った。この『リアル』時田はやや苦しみながらも心の底から楽しんでいた。
(人として関わってくれる)
彼の心はそんな思いでいっぱいだった。
しかし、そんな生活も終わりを迎える日が来た。
ナル――、ヤツが時田の生活を粉々に打ち砕いていくのだった。
――、
病人生活から一転、急に全力ダッシュをする等、高校野球の練習という、ハードな日常に切り替わった時田の身体には、過度な負荷がかかっていた。
1日練習した翌日――、
(か……身体が……!!)
全身筋肉痛。ビリビリと電撃が走っているような痛みが、全身を襲っていた。
(1年目の冬練よりは、局所的にはキツくないが……全体的に、『来て』いる……なら!)
時田は寮の氷という氷を集めて、ナイロン袋に入れ、バンテージを巻いてアイシングした。
(二流は試合だけ全力でやる。一流は試合も練習も全力でやる。なら……超一流は?)
氷で冷やしている箇所をつねって確かめた。
(試合も練習も、ケアも全力でやる……!)
時田は、かつて自主練習に当てていた時間を、全てケアに使った。何時、ケガ人になり、また離脱してしまうかも分からない――、しかし時田は全体練習で力を抜くことはなかった。
こんな日常を過ごしている中、時田はちょっと変わった歩き方をして歩く事となる。何故かと言うと、腰にも痛みが来ており、こうした方が痛みが少なくて済むからである。ヒョコっヒョコっと周りからは滑稽に見えるその動きを、時田は気にせずに続けた。
(痛みが少ないなら、治りも早くなるはず)
謎の持論も持ち、その歩き方を続けるのだった。
これが時田が犯した、高校生活最大のミスになるとは知らずに――。
変わった歩き方をしていると、コソコソと噂話の様な声が聞こえて来た。
「アイツ、怪我したん?」
「練習では普通にしてるぞ」
「何のアピールだ?」
時田の野球の実力はレギュラーには遠く及ばない。しかし1年生の頃と比べると、その差は歴然とする程上手くなっているのが、自分でも分かっていた。時田の代で、一番成長したと言われるような実力だった。
(俺が体調を気にされてる? レギュラーでもないのに……期待されてるとか……? まあ、それは無いか)
そして時田は感じ取った。
あの時と同じ、嫌な気配を。
(何だか、中学二年の時に似てるな……)
とある日の掃除の時間――、廊下をほうきで掃いていると、隣のクラスのナルが、その友人と話をしていた。
「アイツさぁ…………」
何やらお得意の陰口らしい。
「そしたら学校来んようになったんで、ウケるでしょ?」
「! ! !! !?」
高校で不登校になった生徒はあのクラスには居ない。そこから察すると、恐らく中学時代不登校になった時田の事を言っているのだろう。
「そりゃあ学校来れんようになるよ……」
友人はドン引きしていた。
(アイツ……中学の時に“何か”を使ったときの事を話しているのか……?)
「何? 時田の話?」
隣のクラスの部活仲間がナルに話し掛ける。
「アイツさ、最近歩き方がおかしいんだよ」
「そう……いいモノがあるのよ」
(! ! !! !? ま……まさか!?)
時田は痛みに負けて歩き方を変えた。それによってとんでもない事態を誘発する事になってしまう……。
(まさか……アイツ……!?)
時田の悪い予感は的中する。
数日後――、
隣のクラスからナルの声が聞こえてきた。
「アイツの頭の中、こうなってるんよ」
不意に、中学校時代、“何か”を使われていた時の口癖(?)が過った。
(! …………M死ね)




