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最凶の人生~思考盗聴器と共に生き、本当に一度死んだ男~  作者: 時田総司(いぶさん)
6章 束の間の高校編

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27 送る言葉

27 送る言葉


「……」


 一人の夜は、しんと静まり返っていた。


(人が居るだけで、違ってたんだな……)


 寮の1階――、廊下には、誰の気配もなかった。上の階から、同級生たちの笑い声が聞こえてきた。それは他愛のない冗談を言い合ってのことなのだろうが、時田にとってはそれが自分への嘲笑のように聴こえてならなかった。


「楽しそう……じゃなぁ。何で、俺ばっかり……うぅ……」


 時田は押し殺すように独り、泣いた。



 2年生の3学期も、終わりに近づく頃――、


 時田の学生生活に大きな支障が出ることとなる。


「時田、アンタこの成績はどういうコト!?」


 担任立井から、クラスの前で名指しで晒し者にされた。時田の評定平均が、1年生の頃と比べて0.8下がったからだ。


「野球部だと言って勉強サボって良いわけじゃない」「アンタはレギュラーじゃないんでしょ?」「進路はどうするの?」「2年の中だるみ」


 色々な言葉が立井から飛んできそうだった。



 先輩にパシられて、時間が無くなってから勉強めんどくなりました☆



 そうとは口が裂けても言えず、只々、時田は担任の罵声を左耳から右耳に聞き流していた。


「職員会議に、かけましたからね」


(へー。保護者の父さんにも、言いつけるのか? 今となっては)


 鼻から大きく溜め息が出た。


(心底、どうでも良い)



 卒業式――、


 1つ上の先輩達が学び舎を立つ日、野球部では恒例行事として、『送る会』のようなもので後輩が出し物をする。


(去年は、もの○○姫を俺が歌って、驚かれてたな……)


 時田の心は冷え切っていた。校舎のスピーカーから、卒業生代表の言葉が聞こえてきた。


『お母さんや、お父さんの愛情を……』


「!」


 時田の目が冷たくなっていった。そして、独り言を吐き捨てる。


「俺。お母さんの愛情とか、分かんねぇや……」


「!――」


 Kが、時田の胸倉を右手で掴み、酷い目つきになって両目を睨み付けた。


「何だよ……?」

「何でもにゃあわ……!」


 Kは突っぱねるように時田の胸倉を離した。そのまま、在校生の波に消えていった。


(そうか……Kはお父さんが亡くなってからは、お母さんが唯一の肉親――、言ってなかったけ? いや、アイツにも言った。俺の母さんは、離婚している。父さんは……)


 時田の心を繋ぎ止めていた存在、父。しかしそれも呪いという只のつくり物の愛情というコトに、何時気付くのだろうか……。


「行くぞ」


 キャプテン岡田の一声で、出し物の会場へ移動が始まった。


「ごめんね、ごめんねー」



『わっはっは!』



 下級生、1年生のコントや歌で、会場は沸いた。


「以上です」


 会が終わったかと思われた、その時――。


「時田は歌わないんですか、監督さん?」


 先輩の一声が、会場に響いた。


「!(こうこともあろうと、準備はしていたけど……)」


「おし、時田。歌え」


 監督が催促したので、舞台に上がるしかなくなった。ゆっくりとした足取りで、その場に立った時田は、カンペを忘れたことに気付く。


「(しまった! マズい……でも!)海〇隊の『〇として』歌います……とおーくまでー」


 入りは覚えていた。しかし、


「ことーばもなにも……アレ」


 飛んだ。視線がブレる。その目に映るのは、2年弱の間、濃密な時間を共に汗を流しながら過ごした先輩達の顔だった。


(色紙を書いてたっけ。3週間前……)



(回想)


「時田、3年生に卒業のお祝いの色紙書くぞ。順番に書いていけ」

「……分かった」


 冷え切った心だったが、その時の筆ペンはどういうわけか、驚くほど進んでいった。


『志田さん 人に厳しく指導するというのは、自分にも厳しく努めているからなんだと思いました。卒業、おめでとうございます。3年間お疲れさまでした』


(次は、高坂さん……入部初っ端から、言葉選びを間違ってしまって、一番に目を付けられたけど……日々暮らす中で、いつの間にか優しく接してくれた。よく、俺がマッサージしてたっけ。腰を患っても、その痛みに負けずグラウンドで走り続けていた。強い人……)


 何かに憑りつかれたように書き続ける時田のことを、周りは不審に思っただろう。


『笹川さん 新チームになってから、兄弟制の兄としてキャッチボールお世話になりました。暴投ばかりですいませんでした。笹川さんがたまにミスした時は本当に申し訳なさそうに謝ってもらいました。優しいお兄さんでした』


 更にペンは進む。


(中野さん……遅刻ばかりの俺に叱咤激励を送ってくれた。マネージャーと言う立場から、ウォームアップもせず、その時には選手の様子を診て、それが終わるとバッティングピッチャーを務めてボロボロになるまで投げ続けた。強い人……)


(回想終了)



「アレ……アレ」


 緊張感が一転して、涙腺を刺激する感情に変わった。


「〇とーとーしてー……うぅ……うぇ……と……であーい……うぅ。ありがとうございました!」


 時田は急に歌を〆た。そのまま嗚咽しながら、自分の席に座り机を鼻水と涙で濡らしていった。周囲がざわついていたが、すぐに3年生を会場から握手で送り出す時間になった。時田の涙は止まっていない。目の前が、良く見えていなかったが、聞き覚えのある声色が聴こえてきた。


「時田、ありがとな。絶対甲子園行けよ」


「笹川さん……あ゛りがとうございました!」


 次々と3年生が進んで来る。


「時田、お前歌上手いな。ありがと」


「志田さん……あ゛ぁ……あ゛りがとうございました!」


「時田……また歌ってくれよ」


「高坂さん゛……あ゛りがとうございました!」


 ダムでせき止められていた水が、決壊と共に溢れだしたようだった。


「!」


 辛うじて確認できたのは、中野さんの姿だった。


「……」


 中野さんは、少し笑っているような、変なモノでも見ているかのような表情をしていたが、終始無言だった。


「あ゛りがとうございました!」


 身体の中のどこから、この水分は来るのか分からない程、延々と流れてくるモノを感じている時田の目の前に、ある人物が現れた。


「マツダさん……」


 目から涙が引っ込んだ。


「3年間、お疲れさまでした」

「お……おう」


 涙は乾いた。



 ――、


 最後まで卒業生を送り出した頃、再び感情が押し寄せてきた。


「う゛ぅ……あ゛ぁぁ……」


 時田は人目もはばからず、声を上げていた。


「時田」


 主に内野のコーチをしている指導者が呼びかけてきた。


「時田、どうしたんじゃ? そんなに泣いて……」

「う゛ぅ……」



「嬉しいような、悔しいような、そんな感情が入り混じったんじゃな」



 コーチは何もかもを読み取ってくれたようだった。


「お前ら、時田を見習え。人の為に泣ける人間になれ」



『はい!』



 旅立ちの日は、終わりを告げた。

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