22 バットスイングの虫2
「一日380本振れば、夏までに10万本だ!! アレ? 380本か?」
監督は首を傾げるほどの頼りない計算を披露したのだが、時田はそれを信じて疑わなかった。
(大体それくらいか……。じゃあ400いや、450本……もっと言うと500本目標でコンスタントに振って行けば、誰よりも早く達成できるハズ……!!)
彼は野心と希望を心に燃やしていた。
「時田、監督が言ってた言葉、アレ嘘だぞ」
「は?」
スイングを始めて1週間くらいで、田之上 が時田に話し掛けてきた。
「380とか言ったか……アレじゃ10万本は間に合わん。俺は計算した」
「そうなん……」
時田が余りに素直だったので、人は嘘を吐くとか、テキトーだとかに気付くのは、これよりもっと後のことになるのだが――、
「お前、ちゃんと計算して振れな。……ホントに10万本振る気か?」
「うん!」
「……お前には負けねぇぞ……!」
「……!!」
「……」
「……」
「なんか言え!」
この時のことを、20年経った今でも、時田は後悔している。
あの時、その一言が何故でなかったのか――?
しかも時田は、こういう経験を、以前にもしていた。
(回想)
小学校時代――、何でもない日、
家で遊んでいると1つ上の福田君が時田に不意に一言、語り掛ける。
「僕らって親友よな?」
「!……」
時田は『親友』という言葉が気恥ずかしかった。『そんなコト言わなくても、そんな言葉が要らない関係だよ』とカッコつけて言いたかったが……
「……」
「えっ? 違うの、黙った。……まぁ良いや」
「はっ……コレは!」
(回想終了)
人は、繰り返す――。
一声で良い、喉奥を震わせていたのなら――。時田の一生分の後悔だった。
――、
時田はスイングの本数をカレンダーに記録していた。月捲り卓上カレンダーの日付の部分に、ボールペンで書いた。
『550』『430』……
『300』の日は、赤字で。
『1200』の日は青字で下線を引いていた。
時田のカレンダーの文字と共に、手にできた血豆の数は増えていった。ヘアトニックのシャンプーが、じわりと、傷に染みた。それが何故だか嬉しかった。
頑張れている気がして――、生きている気がして――。
痛みは関節や持病の腰にも響いたが、素振りは楽しかった。
振るたびに変化していく軌道――、1日1日速くなっていくスピードを、時田は楽しんでいた。成長を実感できたからだ。
何時しか自分の世界に入って行ってしまう時田が居た。
「俺の『スイングレベル』は5段階存在する!!」
1.ふるん(風邪を切れない、無)
2.ブン!!(風邪を切る)
3.ボッ!(音が短くなる)
4.ズドッ!(音が2回鳴る)
5.ズォォン!(コスモ)
「今は!! レベル5! 音を置き去りにしている!!」事実、時田のスイング音は後から聞こえていた。10万本一番乗り計画は、順調に進んでいるように見えた。あの時が来るまでは――。
「あの? へ、返事は?」
「……ゴメン。友達としか思っていないから……」
時田、初告白失敗!!!!
その頃には、冬練が始まっていた。
2年目のそれは、1年目のそれよりは明らかに負荷は低かったのだが、組分けという難題が、時田には降り掛かっていた。
2年目の冬練は、1組目は放課後直ぐ、コンディショニング施設に移動し、ウェイトトレーニングをおこなう。2組目はグラウンドでアップ、キャッチボール後、3組目はノック後と、段々後ろの組になるにつれ時間がずれ込んでいき――、
4組目、時田の組は全体練習後、走りメニュー後に施設移動、ウェイトトレーニングをおこない、帰って頃には時計の針は22時を回っていた。
(組を週替わりで交代してくれねぇのか……)
一抹の不満(?)を抱きながら、時田はメニューをこなし、スイングもおこなった。失恋による精神的ショック、並びに日々の肉体疲労――、その重圧に時田の心身は静かに、しかし確実に蝕まれていた。




