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最凶の人生~思考盗聴器と共に生き、本当に一度死んだ男~  作者: 時田総司(いぶさん)
6章 束の間の高校編

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21 バットスイングの虫

 時田総司は、バットスイング(素振り)の虫である。

 彼がそうなったのは、高校1年時の横尾さんとの夜のスイングとの想い出に起因するのだろう。


 さて、彼がバットスイングに全てをささげていた時間がある。


 それはNさんとメールを始めるか始めないかの頃のお話である。冬の気配が足音を立て始めた11月――、


 高校2年の時田は部活中、ノックのボールキーパーをしていた。想定は1アウトランナー2・3塁。ノックを受けるのは1年生レギュラー。ライトフィールドにて声を上げる。


「お願いしまーす!!」


 コッ!! と乾いた木製バットの音がグラウンドに鳴り、白球は右翼手定位置よりやや右に高く舞った。



『ライト!!』



 ノックを受けている内外野のみならず、ボールキーパーの時田も勿論、その良く通る声をグラウンドに響かせた。


「ボール4つ(バックホーム)!!」


 時田は反射的に声が出るようになっていた。ホームに投げろ!! しかし1年生レギュラーはサードベースに送球した。


「……ボール3つ(バックサード)!!」


 その送球を見た時田は、自分の判断を疑い、声をかけ直した。そして、辺りは静まり返る。



「あ……」



 時に優しく指導するコーチが、表情を歪ませ低くくぐもる声で口を開いた。



「何でサードに投げた……? 江野ぉぉおお!! どっちのベースが近いかもわからんのかぁ!?」



 その声は急に粗野な怒号に変わった。


「お前ら!! こんなのがレギュラーだから勝ちきれんのんじゃ! ちょっと話し合え!!!!」


(……!)


 1年生レギュラーが犯したプレー、そして自身の発した声に、時田は酷い失意を覚えた。


(ランナー2・3塁で外野手がサードに送球する場合は、主にレフトやセンターがサードベースの方が近い場合のみ。

 ライトが、もっと言うとその定位置より右に飛んだ今回の場合は、ホームベースの方が近い。よってサードベースに送球する必要性は無い……。

 

頭で分かっていて……『ボール4つ』って言ったのに……)


 時田は、拳を握りしめた。


(江野がサードに送球したのを見て、釣られて『ボール3つ』って叫ぶなんて、それに……)


 時田は江野に視線をやり、自身の立場をハッキリと自覚した。


(そんなことも分からない1年に、レギュラーとして追い抜かれ、練習試合すらまともに呼ばれない自分が居る……俺は、今まで何をやって来た……?)


 ミーティングの内容など、まったく耳に入らなかった。時田は、なけなしのプライドをズタズタに引き裂かれたのだ。



「父さん。野球部、辞めたい……」



 時田はシゲミに連絡を入れた。三交代勤務の時間の空いた日に、シゲミは車の中で時田の話を聴くこととなった。


「この前、ノックがあって――」


 時田は心中を吐露した。


「そんな、実力で……怪我もしたりしても、治療費とか父さんに迷惑かけるだけだから……辞めたい」


「くぅん……」


 シゲミは顔をしかめた。


 この時、何を思っていたのか――? 


 後の武勇伝にでもするつもりだったのか、シゲミは口を開く。


「1年生の時から、1年半以上続けたんだから、最後まで続けなさい。絶対にその方が良い……」


「!――」


 ブワっと大きな粒の雫が、両目に溢れた。


「あ……うん」


 両目から溢れたそれは、声を出す頃には頬を伝っていた。


(続けよう……!)


 時田が涙を流しながら、部室に戻る様は練習を見学していた他の保護者の目にも映っていた。


「良い方向に行ったみたいよ」


 そんな声が聞こえた気がした。シゲミは、連絡を受けてから周りに話していたのか――? 父・シゲミの一声で時田は高校野球をドロップアウトしなかったのだが――、


父からの呪いは、続いていた……!



『お父さんは総司を愛しているよ』



  その数日後、監督から全体ミーティングがあった。


「お前ら、このチーム最後の大会、夏大まで7ヶ月ほどある! それまでに素振りをしろ!!『スイング1,000本で打率は1厘上がる』と言われている。お前らはスイング10万本して打率を1割上げろ!」



(これだ……!!)



 時田の枯れかけの心の庭に、希望という小さな芽が顔を出した。


 チームの目標は? 


 甲子園!! もちろん優勝! 


 個人の目標は? 


 ……。


 これが、今まで。


 チームの目標を持っていても、個人の目標が無いのは、少し寂しかった。この日のミーティングで、ぽっかり空いていた場所を埋めるピースが見つかった。


 スイング10万本。


 このチームの誰よりも早く振り抜いて、言ってやろう。


「よっしゃぁ! スイング10万本一番乗りぃぃ!!」


 その瞬間、時田の中で何かが音を立てて羽化した。


 もう、止まれない。

 バットを振らずには、生きられない――。

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