11 冬の訪れ
「アレが来る……」
「ああ、遂にか……」
「去年は地獄だった……」
時田の先輩達が、身を震わせて“ソレ”の恐ろしさを語っていた。
「あの……『冬練』ってそんなにしんどいんですか……?」
会話の輪に居た後輩のうちの一人が、遠慮がちに問う。“ソレ”とは野球部2大イベントの1つ、冬練の事だった。
「そうだよ。秋にあった……何だっけ? 秋練よりひでぇぞ」
「ポール間走は秋の倍は走ることになるぞ……」
「秋の倍……!」
後輩達は身の毛がよだった。
「走りだけじゃねぇ。サーキットトレーニングも相当キツいぞ?」
(サーキットトレーニングが……?)
時田は疑問に思った。一般的なサーキットトレーニングを、中学までにやった感覚では、然程しんどさ等感じなかったからだ。
しかし時田は知らなかった。
ここの野球部でのソレの負荷の大きさと回数の多さを――。
そして、冬が来た――!!
バットやボールを使った練習をしたのち、
ポール間1分以内30本!!
グラウンド1周1分以内を20本!
サーキットトレーニング上半身下半身各10種類以上20回2セット!!
6人1組でおこなわれる走りメニューは、タイムが切れない場合は勿論ノーカウント。その組は走り直しである。
「これ、まだお試し期間だからなー。年が明けたら、もっとやるぞー」
『年よ明けるな……!』
部員全員が同じ言葉を思い浮かべ、そして口を噤んだ。
走り終えた、インターバルの間、誰もが膝に手をつき、息を荒げた。
((すぐに次が来る……))
絶望が部員を襲う。
また、サーキットトレーニングのインターバルの間では、終盤につれて関節の節々や筋繊維の断裂の痛みが増していく。
((もう……手も足も動かん……))
苦悶の表情を、誰もが浮かべていた。
――、
「終わり! 今日はここまで」
鬼コーチの一声で、その日の練習メニューが終わった。
「ダァー! 終わったぁー!!」
「もう動けん……」
グラウンドは疲労と開放感がまじった、どよめきで満ちていた。
この疲労を、風呂上がりにストレッチやセルフマッサージ、学校がある日には、授業中ノートを取る手を腕や脚を揉む手に――と、あれやこれやと工夫して、初めての冬練を迎える1年生達は乗り越えようとしていた。そう、1年生達は――。
「時田」
「!……はい」
2年生達は1つ下の下級生である1年生を使い、乗り越えようとしていた! 親バレを機に心得た時田は、冬でも裏方仕事を辞めなかった。
そんな日々が続いていた夜、時田部屋にて――。
「時田ぁ、しんでぇなー」
「ああ、脇井……」
「身体中痛ぇなー」
「ああ」
2段ベッドの1階に寝ころんでいる脇井と、2階に寝ころんでいる時田は傷を舐め合っていた。
「そうだ! お前、マッサージ得意だったな」
「!……うん」
「教えてくれ、時田。お互いにマッサージして、乗り越えるぞ!」
「! うん!」
なんとかして年末休みまで、1年生達をはじめとする野球部員はケガ人も出ず、互いに身体を労わりながら、 練習の日々を凌いでいた。
『デデーン! 松本ぉ、OUT!!』
「あっはっはっは!!」
大晦日――、時田は実家で束の間の休息を楽しんでいた。それは後々考えてみると、一瞬の気休めに過ぎない時間だったのだが――。
(年が明けたらもっと冬練メニュー厳しくなるって聞いたけど、何とかなるくらいなのかな?)
この気の抜けた空間から浮かんできた楽天的な考えが、時田の中で流れていた。
――、
連休が明け、新たなメニューが言い渡された。
ポール間50秒以内40本!!
グラウンド1周50秒以内を40本!
サーキットトレーニング上半身下半身各10種類以上50回3セット!!
(は……?)
1年生達はこの大人はウソを吐いているのではと、現実を受け入れられないでいた。それどころか、2年生達までこの事態をうまく呑み込めないでいた。
(おいおい、まさか)
(この時期だぞ。まだペースアップするから……)
(去年よりも厳しくなるのでは……?)
「始め!!」
「ひぃー!」
時田は、後々に聞いたのだが、中野さんが監督に直談判し、年末年始の連休を長引かせてくれていたらしい。
『この日が大安だから、ここで始めた方が良いと思います』
頭も切れる中野さんが気を利かせた言葉を使って監督を誘導したのだ。
1日でも長い休息を――。
この冬、少しでも冬練が短くなってほしいと願う部員達に、結果的にケガ人は出なかった。冬練の苦しみが無くなるわけではない。しかしあの時間が、ほんの僅かでも効いていたのかもしれない。




