1 その硬球を使うだけで僕は遠くへ飛ばせると思っていたのかなぁ……
時田は高校生になっていた。
高校は、野球の強豪校に入学した。理由は、ホンキで野球をする仲間と、本気で野球がしたいという想いがあったからだ。部活動は、中学では思い出作りの様な、本気でやる部活とは思えない様なモノだった。そういう背景があったからこそ、高校ではとちっぽけな意気込みを持って入部した。
入部してみると、初めのうちはやはり、多少なりとも後悔した。強豪校の練習に、体力がついていかないのだ。
夏になれば『夏練』という夏休み中に行う練習をして、炎天下の日差しの下、暑さで1年生の誰もが疲労困憊になる。
冬になれば『冬練』という走りメニューや筋力トレーニングをし、1年生の誰もが両目の光を失う。
上級生でさえ、辛さを口にする事だってある。
しかし、こんな環境が、時田には嬉しかった。入学して早々、寮に入るのだが、その頃は
『お前達もあの“何か”を使って頭の中を覗いて来るんだろう?』
と、周りに対して斜に構えていたのだが、2,3カ月もするとそんな感情は一切持つ事も無くなった。自分に対して、あの“何か”なんて一切使わず、真摯に向き合ってくれる、直に会話をしてくれる、そんな『リアル』がこの高校生活には在った。この『リアル』を時田はやや苦しみながらも心の底から楽しんでいた。
(人として関わってくれる)
時田の心はそんな思いでいっぱいだった。
その束の間の青春だった高校生活について詳しく綴っていこうと思う。
「時田、お前素振りがめっちゃ速いな!」
「! ありがとうございます」
4月――、
新入部員としてその高校の野球部に入部した時田総司は、練習メニューをおこなう中で、高坂さんという1つ上の先輩に話し掛けられた。当時の高坂さんは、外野手を守るレギュラーで、時田とはバッティング練習の時の守備で、並んでレフトを守ることがあった。時田がバッティング練習に参加できるほど、上手くはないのだが、練習の効率を図り、守備につくことが初めのうちはあった。監督やコーチの聞こえないところで、気さくに話し掛けられていたのだ。
「ははっ、〇〇じゃな!」
(高校野球ってもっと上下関係が厳しいものかと思っていた……。例えば、殴られるとか……ここはフレンドリーにいけばいいのか……?)
ここで時田は入部早々のミスを犯す。
「いえいえ!」
「!」
「は?」
「何じゃコイツ」
「何言っとんじゃオイ」
時田は距離感や礼儀やノリを捉え違えて、先輩達の逆鱗に触れた。そこから徐々に目を付けられることとなっていった。
――、
新入生は、4月にちょっとしたチャンスを与えられる。入部早々、野手ならバッティングと守備の実力を見ておこうと、監督・コーチが打撃練習やノックに参加させるのである。時田も参加したのだが、これが見るも無残な結果に終わった。
元来の運動神経の無さは、父の呪いと精神科薬の作用も相まって、とても高校野球を前線で出来る様なものでは無かった。即、メインの練習から外され――、主に練習中は外野でダッシュし続ける、試合中はファールボールを取りに行くか素振りをする、そんな1年間を過ごすこととなった。
――、
公式戦のある日――、高校のグラウンドが広く設備も整っていた理由から試合会場にされていた。ファールグラウンドに時田は居た。ボールインプレー中に試合に注目し、ボールデットとなった瞬間に素振りを始める、その繰り返しだった。
『ピッチャーの○○君に代わりまして、代打・高坂君』
「! あっ」
高坂さんには時田と同学年である、1つ下の弟が居る。その日、入部早々にベンチ入りしていた高坂弟の出番が訪れたのだ。
(タメの出番だ。ここは注目して観ても良いだろう……)
早いカウントから、1振り――、
キン! と鋭い音が鳴り響き、打球は青空へ舞う。そのまま遠く遠くへと白球は消えていった。
「!……」
野球を始めたのは中学からの、経験が浅い時田は生まれて初めて『打った瞬間行った』という打球を生で見た。自分と歳が同じ部員が公式戦初打席で鮮烈な一発をやってのけた。時田は暫く興奮が止まなかった。




