19 何も感じなかった、それだけだ
時は少しだけ遡る。
中学3年の6月――、
時田は父・シゲミによって人生4度目の首絞めを経験することとなる。その日、シゲミが時田とかの子を連れて、離婚した母・キヨコのところを訪れた。時田は、何を今更と、乗り気ではなかったが、渋々車に乗り込んで、元・母の居る病院へ向かった。
キヨコは子宮癌を患っていた。そして、抗癌剤で髪の毛が抜け落ちていた。時田はその姿を目にし、衝撃と虚無感が同時に襲ってくる様な気がした。
(何を話せば……話すコトなんて……)
時田はずっとだんまりだった。ただ変わり果てたキヨコの姿を、虚ろな目で眺めていた。
そこで――、
「やあ」
「!!?」
かの子が元・母に話し掛けた。
「かのちゃーん、こんにちは。元気だった?」
キヨコも元・娘に返す。
「ペラペラペラペラ」
「ペラペラペラペラ」
「ペラペラペラペラ」
時田は絶句した。女の、こと雑談においてのネタの尽きなさが、これほどまでかと、女はいつでもどんな時でも話し続けられるんだと、理解した。
(何をそんなに話せるんだよ)
愕然としている時田を他所に、かの子とキヨコはヒートアップしていった。
「産んでほしいなんて、頼んでない!!」
「まぁ!!」
(姉ちゃん、そこまで言わんでも……てか、どこのセリフだよ。ドラマや漫画の見過ぎ……)
「総司、ちょっと出ようか?」
「!」
シゲミが、気まずさを感じたか、時田を病院の外へと連れ出した。駐車場で、遠い目をしているシゲミ。ふと、口を開いた。
「どうじゃ? 何を思ったか?」
「……別に」
(何も感じなかった)というのが、時田の本心だった。離婚する前、シゲミの実家では、キヨコはずっと離れの寝室で寝ており、食事の場にも顔を見せなかった母。ろくに話もしなかった。思い出が殆どない、表面上だけの元・母親に対して、何か思うコトも無かった。
「!!――」
シゲミは、時田の首を絞めた。
(あ。――)
そして時田は、気を失った。
――、
「!」
気付けば、車の中に時田は居た。かの子も乗っていて、帰りの道だった。
「お前、何寝とん?」
「あ、いや……」
首を絞められた感覚が朧気だったので、夢か幻かと、時田は首を傾げていた。この日が、時田がシゲミに首を絞められた、最後の日となった。首絞めが最後なだけであって、虐待が終わったわけではないのだが。
帰りの車の中で、時田は車窓からせわしなく動く景色を眺めながら、思った。
(母さんが子宮癌になったのは、安産の神様が『我が子を虐待したお前に、もう二度と子は産ませない』と戒めたからなんじゃないかな?)
そんなこんなもあったのだが、中学3年生の1年は、それほど時田が苦悩する出来事は起こらず――、
いつの間にか、卒業式を迎えていた。
人間、不思議なことに、辛い記憶ほど、よく覚えているモノで、楽しかった日々はあっと言う間に過ぎ去っていくモノだと、時田は切に感じていた。
さて、卒業式では、このクラスを恐らく一番嫌っている時田が、何故か答辞を読むことになった。不満で仕方なかったが、他はナルくらいしか候補が居なかったので、アイツがやるくらいなら、やってやるか、という気持ちで時田は読ませてもらうコトになった。
「――、さよならを言って、また次の日に会える日々は終わりました。そう、今日で卒業なのです」
時田が卒業式で答辞を読むと、あんなにも敵対していた女子達が泣いていた。
(いい気なモンだ)
時田は自分の言葉で人を感動させたなんてコトに毛ほども達成感など感じていなかった。
「最後に、時田はこのクラスが大嫌いです。皆死ね」
時田の脳裏に一瞬、そんな言葉が過ぎったが、まさか言う訳はない。
「――」
最後まで無難に読み上げて、卒業式は無事終わった。これでこんな最低なクラスとおさらばできる。そう、時田は喜びに満ちていた。ただ一つ、不安だったのは――、
ナル。
アイツと同じ高校に通うのが決まってしまった事だ。
一番陰口を言い続け、誰かを虐めていなければ気が済まない性格のアイツだ。何か高校でも僕をイジメてくるのではないだろうか……? この時田の不安は見事、的中してしまう。そのお話はこの少し後でという事に――。




