7 素晴らしい功績の著名人を讃えるよりも、惨めな凡夫を蔑む方が心が落ち着くようになったのは何時からだろうか
「アイツんち離婚したらしいよー」
「ウケるー」
「自業自得じゃね?」
女子達の心無い言葉。離婚家庭の時田にはその言葉を無視することはできなかった。時田が母の離婚を完全に把握したのは小学校四年生くらいの頃のコトだった。
(回想)
時田と、その姉・かの子が居間でテレビを見ながら会話をしている。
「姉ちゃん、母さんはいつ退院するの? いつ頃、病気が治るの?」
「いい加減分かれよ!!」
「!」
「何年も何年も、お見舞いにすら行けない、これでも分からないの? 離婚、したんだよ」
「! ――」
本当は心のどこかで分かっていた。2年生の時に、母は大荷物を積んで車でどこか遠くへ行ってしまった。それをスシマが見ていて、そのコトを学校中に言いふらしていた。たった一人の同級生がそれを教えてくれた。
(入院する時に必要な荷物だったんだ)
2年生から一度として顔も合わせてない。
(きっと伝染しない様に気にかけてくれているんだ)
今年も正月すら一緒に居られなかった。
(来年には帰ってくるはず)
違う――。離 婚 し て い た ん だ 。
(回想終了)
「あいつキモいし、だから離婚したんでしょ」
女子生徒の発言は、時田の逆鱗に触れてその顔は怒りに満ちていた。そこへ――、
「何怒ってんの?」
ふと、岸田君が話し掛けてきた。
「顔に出てるよ」
岸田君はクラスで一番よくギャグを言い笑いをとる様な明るい性格で、小学校が変わってから時田から見て一番親しい仲の男子だ。
「顔に……出てたかな?」
「出てた。何で怒ってたの?」
「女子が……」
時田は自分の耳で聞いたコトを包み隠さず吐露した。
「成る程、ちょっと行ってくる」
「あっ」
フットワークが軽い岸田君は、女子達に話し掛けに行った。時田はその度胸に面食らていた。
――、
「女子達、君んちのコト言ってたわけじゃないって。気は収まった?」
「そう……でも、どこの家の事情でも、離婚を軽々しく言うヤツらは……嫌いだ」
「君ならそう考えるかもね」
岸田君は、時田が初めて自分の家庭事情を話した相手だった。
この人なら、言える。言っても大丈夫と、信頼して初めて話した、そんな相手だ。家に遊びに行ったりもした。品よく落ち着いた構えの家に住んでおり、両親健在。祖母や祖父も朗らかな振る舞いをしている、そんな家庭だった。相変わらず家に帰ると、父が中心となってケンカばかりしている、そんな自身の家庭を比べてみて『K君の家に生まれたかった』と、思うコトも多かった。
「まあ、気にしないで。女子なんてあんなもんだよ」
岸田君はそう言って去って行った。フーと、溜め息をつき、敵わないなと、時田は澄み渡る青の春の空を見上げていた。
数日後――、
「でさぁアイツ、なんて言ったと思う?」
「何々?」
「――――」
「何それぇ? サイテーじゃん」
「アイツのコト話してたらイライラしてきた」
(なら話すなよ)
相変わらず消えない女子達の陰口。それに対し、時田は我慢の限界を覚えていた。
時田はガタンっと、席を立つ。そして女子達のグループの中心核のナルに話し掛けた。
「ナルちゃんてさぁ。ナルシストだからナルちゃんって名前なの?」
「は?」
「――!」
「ちょっと、止めなよ」
ナルはガチ切れ。
周りの女子は時田を止めに入る。
「あー! 今のは無し!!」
岸田君が走ってきた。そして、時田の背中を押しながら時田を連れ去って行った。廊下に出て、岸田君はハァハァと息を荒げて時田に言う。
「あのねぇ! 直接あんなコト言って!」
「直接言わないと。陰口言ってても何も変わらないじゃん」
「あーもう! 知らないよ? 渡辺だってイジメられてたんだから……」
「?」
次の日の掃除の時間――、
イスの裏に『バカ』と鉛筆で書かれてあった。時田は気にも留めなかった。
更にその次の日――、
ふと椅子の裏には『バカ』の文字が5つに増えていた。
『嫌だ』とか『止めて』とかではなく、単純に
『ム カ つ い た』
時田は教室中に聞こえる声で言った。
「1日目には1つ。2日目には5つ。明日は×5で25文字にでもなっているのかなぁ?」
そして次の日――、
『バカ』と追加で一つ、油性マジックで書いてあった。




