7 偽りの愛に抱かれる幸福感は、決して私自身のものではなく、幻想の中で踊る私の影だけが知る孤独な真実だった
――、
「お父さんは、いつでも僕のみかたです」
「びょうきで息が苦しくなったときは、すぐにびょういんに連れて行ってくれて、治してくれます」
「くりすますとたんじょーびには、プレゼントもくれます」
「おとうさんは、ぼくをあいしてくれています!」
――、
時田の記憶――、特殊な気体の出続ける小型のビニールハウスの様な病室に独り、座って点滴がポツリ、ポツリと落ちていくのを眺めていると、決まって父が見舞いにやってくる。父は只々、自分の目を真っ直ぐ見て静かな時間が流れている。何処か、何故だか……凪いだ水面のように、心が静まった。
「時田、また幼稚園やすみだって」
「風邪かな?」
母キヨコの調子次第で日々の積層は溜まり、掃除されない部屋の証となる。そしてそれは、時田の気管支の不調という形で彼の呼吸の自由を蝕む。また、季節により気圧の変動が彼の体調不良を引き起こすコトもあった。そのため、通っていた幼稚園も長中期的な休みを取ることも少なくなかった。
幼稚園に置いてある、彼の立体絵本は滑稽なままであった。
『花咲か爺さん』の右手――。
彼の爺さんの右手だけは、ずっとノリしろのままだった。通常、ノリを付けて左右に動く右手が完成し、わっ! と園児達が喜ぶ仕掛けとなっていたが、時田の絵本だけ、肩付近はピンク色のまま。入院中に、その『花咲か爺さん』がテーマの活動がおこなわれた為である。
それはまるで腕が斬られて肉が剝き出しになってしまい、枯れ木に花を咲かせるどころか、自分の人生に花を咲かし損ねた爺さんの最期の様になっていた。
そんな通ったり休んだりの幼稚園生活――、
ある春の休み時間に、不思議なコトがあった。
滑り台で遊んでいる園児達――。その中に時田も居た。何も疑うコトなく、園庭遊具に登り、滑り落ち、また登る。それをアハハ! と心の底から踊り出したくなる程、歓声を上げている。そこに理由は何一つないのだけれど――。
「あーーーー!! ユウキだ!」
「!」
ガキ大将が、ユウキ君が滑り台の頂上に立ったコトを知らせた。一斉に注目が集まる。ユウキ君は、お世辞にもジャニーズ系の幼少時代と言えるような容姿とはいかなかった。ちょっと間の抜けた雰囲気で、周囲の空気を和ませていた。そんな彼にガキ大将の魔の手が忍び寄ってきていた。
「ユウキ! エンガチョー!!」
「へっ? わっ!!」
ガキ大将は、ユウキ君の下着のパンツを、カジュアルパンツごと下にずらしたのだ。ユウキ君は滑り台の一番上という、逃げ場のない舞台のような場所で、自らの下半身を公衆の面前で晒してしまったのだ。ユウキ君は、一瞬困った顔を見せた。それを目にした時田は、瞬時に顔が強張った。が――、
ユウキ君は、笑顔を見せたのだった。
そして、そこに居た全員がわっはっはと、声を上げて笑い始めたのだった。時田も安心して、笑った。相変わらず、ユウキ君は笑っていたのだ。少し、困った様に――、
『本当にそれで良いの?』
「!――」
空の方から、説得力のある低く落ち着いた、そんな女性の声が聞こえてきた。
「……」
頭に響いたのは、最初のひと声だけ。その後、世界は園児らの声がBGMの様に残るだけだった。時田は下を向き、困り果ててしまった。
――、
時間だけがせわしなく過ぎ去り、幼稚園の卒園式が来た。時田は周囲にこう、漏らしていた。
「僕、ここに居るみんなが誰も知らない場所へ引っ越すんだ」
「え! 一人で!? みんなの中から誰か一緒に行かないの!!?」
時田はコクリと、首を縦に振るだけだった。彼は卒園を機に、父シゲミの実家へ引っ越すコトとなる。凍った水面のように、表面だけが和解しているように見える父方の祖母、宇宙創造神・フサヨが待つ、実家へと――。




