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第二章:茶屋の八人衆



No.1. 峠の茶屋


 雪を遮るように建つ、一軒の古びた建物。

 それが、馬頭峠の関所を兼ねた「峠の茶屋」であった。


 一行が茶屋の重い引き戸を押し開けると、冷たい吹雪とは対照的な、煤けた囲炉裏の熱気が襲ってきた。

 しかし、その熱気は決して安らぎではなく、かえって異様な沈黙を帯びていた。


 本来ならば、関所の番人や、陽気な女将の姿があって然るべきだが、茶屋の広間はがらんとしている。


 「どういうことだ、これは…」


 島津 兵吾が、自らを代官だと名乗った手前、訝しげに声を上げた。

 彼らを迎えたのは、四人の男たち。


 囲炉裏の傍らで薪をくべていたのは、顔の彫りが深く、どこか異国の血を感じさせる若者、紋次。

 彼は怪訝な表情を浮かべ、警戒心に満ちた目で一行を観察していた。


 その横には、武具の手入れに余念のない老侍、一色 典膳。

 その瞳は濁っているものの、鋭い光を放ち、手に握る太刀は手入れが行き届いている。


 隅のむしろの上で物憂げに煙草を吹かしていたのは、粗末な旅装の無宿人風の男、源蔵。

 彼の目つきは冷徹で、故郷の母に会いに帰る途中と語るには、あまりに裏稼業の匂いが強すぎた。


 そして、最も不自然なのは、優雅な着物を着こなした公儀処刑人と名乗る男、六平太だ。

 彼は物腰が柔らかく、理路整然とした口調で、一行を迎え入れた。


 「ようこそ。大変な吹雪でしたね。女将と番人たちは、急な用で里へ下りておりまして。私が六平太と申します。公儀の命で、この関所を見張りに参った者でございます」


 六平太の言葉は丁寧だが、丈之助は即座に不信感を覚えた。

 公儀処刑人が、なぜこんな人里離れた関所の留守番をしているのか? そして、その正体不明の紋次、一色、源蔵と、どういう繋がりがあるのか?


 丈之助は鎖を握りしめ、お咲を人力車から引きずり出し、囲炉裏から最も遠い壁際へと連れて行った。

 その冷たい鉄の鎖が、一瞬でも彼の手から離れることはなかった。


 「ここは一体、何が起こっている…」


 丈之助は、八人――彼ら五人と、茶屋の四人。


 合計九人だが、一人は善良な男、五郎だ。

 実質的に、この茶屋に集った八人の奇妙な人々の間に流れる、張り詰めた空気を肌で感じていた。




No.2. 新選組の亡霊と復讐の炎


 六平太が茶の用意を始めようとしたその時、囲炉裏の向かいに座していた一色 典膳が、突然、鈍い音を立てて立ち上がった。

 彼の視線は、三つの首級を担いで入ってきた黒岩 鉄馬に固定されていた。


 典膳の老いた体は微かに震えているが、その憎悪の炎は、吹雪の寒さすらも焼き尽くすかのようだ。


 「……貴様、黒岩 鉄馬だな」


 典膳の問いに、鉄馬は無言で首級を床に下ろし、外套を払った。

 その褐色の肌と、異質な風貌が、典膳の憎悪をさらに煽った。


 「元新選組の、人斬り…」


 典膳は唾棄するように呟いた。


 「我が息子は、貴様が関わった壬生浪士組の抗争で命を落とした。そして貴様は今、幕府のお尋ね者として逃げ回り、賞金稼ぎなどに身を落としているのか!」


 典膳の怒声は、茶屋の沈黙を打ち破った。


 「その首、誰の獲物か知らんが、その命と引き換えに、我が息子への供物とさせてもらう!」


 典膳は、静かに、しかし凄まじい速さで手に握る太刀を構えた。

 鉄馬の目は冷え切っていた。


 彼は典膳の息子への復讐という個人的な怨念を背負いながら、新選組時代から人種差別に晒されてきた過去を持つ。

 目の前の老侍の、藩閥と血統に凝り固まった偏見は、鉄馬の最も忌み嫌うものだった。


 「老いぼれめ。息子が死んだのは、そいつが弱かったからだ。俺の首が欲しければ、腕ずくで奪ってみろ」


 鉄馬は、典膳の憎悪を真正面から受け止めた。

 彼は、自分の過去が持つ業火から逃れようとはしなかった。


 そこに割って入ったのは、自称代官の島津 兵吾だった。


 彼は鉄馬の異国風の肌と、元新選組という肩書きが気に入らない。


 「待て! 典膳殿。ここは関所の茶屋だ。私、島津兵吾が代官代理として預かっている。ここで刃傷沙汰を起こすことは許さん!」


 「薩摩の落人風情が、公儀の処刑人の真似事をするな」


 鉄馬は島津を一瞥し、鼻で笑った。


 この一触即発の状況に、六平太が穏やかな笑みを浮かべ、仲裁に入った。


 「まあまあ、皆さま。お疲れのところ、このようなことで争っても、雪は止みません。まずは冷えた体を温めましょう。一色様、黒岩様。ひとまず刀を収めてください」


 六平太の冷静さが、かろうじて場を収めた。 

 だが、茶屋の空気は、典膳と鉄馬の間に走った憎悪の亀裂によって、決定的に張り裂けていた。




No.3. 丈之助の疑念


 丈之助は、壁際で座り込み、鎖を肌身離さず握りながら、茶屋の全員を観察していた。

 彼の頑固で独善的な正義感は、目の前の状況が異常であると警告していた。


 紋次は異国の血を引く若者。

 彼は茶屋の女将の代わりに店を切り盛りしているというが、鎖国時代に、関所という重要な場所に「異人」が留守番をしているのは、極めて不自然だ。


 一色 典膳は鉄馬との間に個人的な復讐の因縁を持つ老侍。

 彼はなぜ、この関所茶屋にいるのか?


 源蔵は冷徹な目つきの無宿人。

 故郷に帰ると言いながら、周囲の動きを観察しているような視線が不気味だ。


 六平太は公儀処刑人という権威を名乗りながら、場を仕切る手際の良さと、その物腰の柔らかさが、かえって彼が偽物であるという直感を丈之助に抱かせた。


 丈之助の心の中で、お咲の挑発的な言葉がこだまする。

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